前回は、中小企業はクラウド会計により業務効率化を実現できることを解説しました。最終回となる今回は、FinTechによって、中小企業の資金調達にどのような変化が生じていて、どのようなサービスが実現されつつあるのかを解説します。

これまでの資金調達方法とFinTechによる試み

中小企業・小規模事業者にとって、必要な資金をいかに調達するかは重要な経営課題の一つです。起業や投資を検討する場合は、資金調達がハードルになって収益機会を逃すこともありますし、日々の資金繰り管理は事業継続の生命線です。中小企業が資金を調達する場合、一般的には政府系金融機関や銀行等からの借入(証書、手形)で調達してきましたが、従来の金融機関の審査では、過去の決算書が赤字であるためにどんなに魅力的な事業内容であったとしても審査が通らなかったり、社歴の浅い場合は、情報がないために融資を受けにくいという問題がありました。こういった従来の金融機関が提供できていなかった中小企業の潜在的な資金調達ニーズに対応するために、新しい融資の方法がFinTechにより実現されつつあります。

海外での先行事例

FinTechで先行する海外の事例として、中小企業向けにオンライン完結型の融資を提供する「カベージ(Kabbage)」というスタートアップ企業(米)があります。顧客がカベージのサイトで融資の申し込みをすると、平均してわずか6分で融資の可否を判断し、翌日には銀行口座に振り込まれるといいます。どのように実現しているかということですが、カベージは、インターネットを通じて、クラウド会計サービス、決済サービス(PayPal等)、ECサイト(Amazon等)、さらにはSNS(facebook等)等と自社システムを連携させることで、顧客のさまざまな情報を収集し、独自の審査システムから自動で顧客の信用力を算出しているのです。つまり、クラウド会計サービスからは財務データ、決済サービスやECサイトからは取引動向、SNSからは顧客との関係性などを総合的に解析し審査しています。これまでに、15万件の融資を実行し、2015年には融資総額は10億ドルに達しています。従来の金融機関とは異なるデータで審査することから、従来の金融機関では融資が難しかった中小企業でも資金を調達することが可能となるのです。

日本における取り組み

海外に遅れていると言われる日本のFinTechにおいても、中小企業向け融資の分野で新しい取り組みが始まっています。

まず、クラウド会計ソフト各社(freee、マネーフォワード、A-SaaS)では、クラウド会計ソフトを利用する中小企業の許諾の上で、金融機関が中小企業の財務データを閲覧することを可能とし、審査やモニタリング業務の効率化を図ろうとする取り組みが開始されています。従来は、融資の申し込みをする場合、例えば、決算書、税務申告書等の書類を用意して金融機関に提出する必要がありましたが、クラウド会計であれば、金融機関用IDを発行することで、クラウド上にある財務データを金融機関側もリアルタイムに閲覧することができるという仕組みです。中小企業にとっては、審査期間の短縮や書類提出の手間が削減されるメリットがあります。

新しい審査モデルで融資を既に実行しているサービスとしては、アマゾン、楽天に代表されるECサイト運営者が提供するオンライン完結型の融資があります。オンライン融資会社が審査に利用するのは、決算書ではなく、EC事業者の日々のリアルタイムな売上実績です。そのため、審査では過去の決算書が赤字であっても、「今」の取引が順調であれば信用があるということになります。EC事業者にとっては、突然の注文増による短期での資金需要に対して、数日後には入金してもらえるので販売機会を逃さずに済みます。また、サイトの管理画面には、日々の企業の信用力に応じた融資可能額(極度枠)、利率等が日々表示されるので、EC事業者にとっては、資金繰り管理がラクになるというメリットもあります。

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日本において、カベージのような非財務データを含む複数のサービスと連携し融資するサービスは現時点ではありませんが、金融機関各社は、まずはクラウド会計サービス等と連携しつつ、新しい審査モデル構築への取り組みを開始しています。今後、日本においても新しい融資の形が実現し資金調達の手段が多様化すれば、従来、融資が難しかった中小企業でも借入が可能となるかもしれません。また、本来の信用力に見合った金額と金利で、必要な時に資金を調達できれば、資本効率の改善につながります。

一方で、日本では、借入に対する許容度や商習慣など欧米とは異なる部分も多く、今後、これらのサービスが普及するには課題が多いのも事実です。ぜひ、これからの日本における新しい融資の取り組みに注目してみてください。

著者略歴

依田 勇生(よだいさお)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社  プロダクトグループ マネージャー 公認会計士
2006年あらた監査法人に入社。会計監査業務、ストラクチャードファイナンスリスク査定/開示業務に従事。2011年プライスウォーターハウスクーパース株式会社(現PwCアドバイザリー合同会社)に転籍し、中小企業から上場企業まで幅広く事業再生業務に関与。2015年にアカウンティング・サース・ジャパン株式会社に参画。中小企業及び会計事務所へのクラウド会計・税務システムの導入を支援し、FinTechを活用した中小企業の経営改善を推進。