第1回では、知的財産に無関心であることが原因となる誤解、第2回では、知的財産の利益を具体的な金銭的利益としてだけ考えることが原因となる誤解について説明した。今回は、ほとんど全ての企業に存在する「社名」と「商品やサービス」をテーマに、特許権とはまた別の知的財産である「商標権」について考えていきたい。

今回の誤解は、以下のような誤解である。

知的財産に関する誤解その3

自社の事業は「特許」とは関係ないので、社内に「知的財産」と呼べるものはない。

読者の方々は、知的財産と全く無縁な会社がこの世に存在するとお考えだろうか。

もしそうなら待っていただきたい。知的財産と無縁な会社が本当にこの世に存在するとすれば、その会社は、(1)社名がなく、(2)提供する商品やサービスがない、ということになる。

だが、この2つの要素がない会社は、会社とは言えない。従って、この世に「知的財産」と無縁な会社は存在しないというのが現実である。

以下では、ほとんど全ての企業に存在する「社名」と「提供する商品やサービス」をテーマに、特許とはまた別の知的財産である「商標権」について考えていきたい。

「商号」、すなわち「社名」は立派な知的財産

わが国において会社は必ず「商号」を定めることとなっている(会社法第27条など)。商号というのは一般用語でいう社名のことであり、社名すなわち商号はそもそも「知的財産」の一種である(知的財産基本法第2条)。

すでにこの時点で「知的財産に無縁な会社」という言葉自体が論理的に矛盾することは明らかである。

さらにここで注意したいのは、社名が知的財産であると認識しながらも、「商号は会社設立時に法務局に登記されるものであるから、その時点ですでに"知的財産"として権利が確立している」と思っている経営者が多いことだ。

しかし、これも大いなる誤解なのである。

自社の社名を冠した商品が商標権侵害に

「商号」を登記したのに、なぜ権利が確立していないのか。これを理解してもらうため、以下のような事例を基に考えてみることにしたい。

例えば、「カプソン」という商号で設立登記し、デジタルカメラ事業を始めたと仮定する。

このカプソン社は、デジタルカメラの前面に「Kapson」と、自社の社名をアルファベットにした名称をつけて販売しはじめた。

カプソン社の経営陣は「商号」が登記されていることで安心し、このデジタルカメラを販売しはじめた。その後しばらくして、商標権の侵害警告を告げる封書がカプソン社に届いた。

それは「Kapson」というデジタルカメラを中国から輸入販売し、その商標権を保持していた商社からの警告書であった。

この場合、カプソン社はこのデジタルカメラの販売はできなくなる。自社が正規に登記した「商号」を使用していたにも関わらず、である。

実は、上記のような用い方は、社名を、他人の商品と識別するためのマークとしての「商標」として使用しているため、他人(他社)の商標権が存在する場合には使用できなくなるのである。

もちろん、商号登記としては有効であるから、請求書・納品書・見積書、取扱説明書の末尾の連絡先等に「社名」として使用を継続することに関しては、問題はない。

しかし、商品にマークとして使用して他人の商品と区別させようとする「商標」としての使用は制限されてしまうのである。

このように、社名に似た商標に関する権利を第三者に取得されてしまっては「カプソン」あるいは「Kapson」を、新しいデジタルカメラブランドとして周知化させることは非常に難しくなる。

商標権の取得で得られる独占排他権

このような事態を招いた原因は何であろうか。

それは一言で言えば、「商号」と「商標」の違いを認識していなかったことにある。商号は社名(人間でいえば「氏名」に当たる)であるが、商標は個々の商品(又はサービス)に使用するマーク(名称も含むがそれ以外の図柄なども含む)であり、上記のように社名を商品にマークとして使用する場合など重なる場合もあるが、基本的には異なるものと考えたほうがいい。

したがって、商品に商号(社名)をマークとして使用したいのであれば、商標権を取得するのが正しい方法であるといえる。商標権を取得できれば、全国に効力の及ぶ独占排他権を取得できるのである。

なお、2005年の商法改正によって、設立登記時の商号登記の制限が緩和され、類似商号の審査が行われなくなっているため、気が付かないうちに自社と同じ社名の会社が登記されやすくなっている点も、古い商法しか知らない経営者にとっては注意が必要である。

全品を他社へ納品する、特定企業の関連企業は別として、一般消費者向けの商品(以下、「商品」と言った場合「サービス」も含める)を販売している会社であれば、商品に何もマークや名称をつけないで売ることはほとんどないであろう。もし他社の商品と区別するために何らかのマークや名称を使っていれば、それは「商標」を使用していることになる。

前半で説明したように、「商標」は他の商品と識別するためのマークであり、このマークに関する独占排他権である商標権は、特許庁に対して出願を行い、審査を経ることにより取得が可能となっている。

「阪神優勝」の文字を商標登録

以下ではさらに、商標に関してよくある誤解を見ていく。

数年前になるが、プロ野球の阪神タイガース球団とは関係のない個人が「阪神優勝」という文字について商標権を取得した(実はこの時点で既に誤解がある)という趣旨の報道がなされ、ちょっとした騒ぎになった。

報道やインターネット上の意見の中には、「阪神優勝セールができなくなる」という声のほか、「新聞の見出しにも『阪神優勝』とは書けなくなる」といった、大きく勘違いしたと思われる声が存在した。

「商標」が他人の商品と識別するためのマークであることは既に述べたが、実は、商標権というのはマーク単独では取得できないことになっている。つまり、商標の出願の際には、何の商品に使うのかを明確にする必要があり、使う商品とマークが必ずワンセットでないと権利が取得できない仕組みになっている。

洋服やおもちゃにしか効力がなかった「阪神優勝」

ちなみに、騒動になった「阪神優勝」の文字に関する商標権については、洋服やおもちゃなどの商品にのみ関する商標権であったため、これ以外の商品には権利がなかったのである。

商標権は文字や図形などのマーク単独では取得できず、あくまで、何の商品に使うのかを明確にして出願しなければ権利取得できない仕組みとなっている。

しかも、商標権は、「商標的な使用」すなわち「他人の商品と識別し、混同が生じないようにするためのマークとしての使用」にのみ効力が及ぶとされているため、「阪神優勝」という見出しとしての使用はもちろん、「阪神優勝セール」であったとしても効力が及ぶものではなかった。

なお、ここでは商品と「商標」の関係について述べたが、商品(サービスは含まない)であれば特許権以外にも、商品や外箱のデザインについて意匠権が取得できる場合があり、そこに人間の個性が表現されていれば著作権が発生している場合もある。

またサービスであっても、インターネットを利用したものであれば特許権(ソフトウェア特許)を取得できる場合がある(ソフトウェア特許については回を改める)。

また、Webサイトで掲載されている内容、あるいはソフトウェアのプログラムには、著作権が発生している場合がほとんどである。

本稿では、「特許」以外の「商標権」に対する誤解が招く事態を中心に述べてきたが、自社と他社、あるいは自社商品と他社商品を差別化し、さらにはそれをブランド化していくことは、ほとんどの会社にとって大きな目標といえる。したがって、経営者が商号や商標権に対して無関心でいることは、許されないことなのである。

次回も、さらなる誤解を取り上げていく。