自動車の開発には年月がかかる。何とか短縮したいという思いをクルマメーカーが持っている。開発工程では、設計から始まり検証、試作製造、試験などの工程を通る。シミュレーションしにくい実路での走行テストを置き換えればかなりの工数削減になる。HILS(Hardware-in-the-Loop Simulation)と呼ばれるシミュレーション装置はエンジンや車両の挙動などを模擬するもので、道路地図上の障害物を避けながら走行するといった試験をするのに使われている。しかし、道路の路面状況を変えながらシミュレーションするテストはこれまでなかった。

実路テストは実機を作ってから行っている例が多いが、もしここで不具合が起きれば、設計のやり直しにつながりかねない。タイヤだけではなくサスペンションにも影響が出る可能性があるからだ。実路テストをシミュレーションできれば、開発の工数はぐんと減る。少なくとも開発の初期の工程で試験状況を把握できれば、少ないロスで時間短縮ができる。

SUBARUと堀場、VMCそしてNI

路面は晴天と風雨によって条件が変わる。さらに坂の角度や雨の量(水たまり)、凍結によっても路面状況は大きく異なる。風の向きや雨の状況をシミュレーションしようとしても、セットに時間がかかり、そう簡単ではなかった。

OEM(自動車メーカー)の1社であるSUBARU、堀場製作所、ソフト開発のバーチャルメカニクス(VMC)の3社は、実路テストのシミュレータを共同で開発、リアルタイムでさまざまな条件を変えながらテストできる環境を構築した。路面テストのシミュレータHILSを構成するカギとなったのは、National Instruments(NI)のテスト開発ソフトウエア「LabVIEW」とテスト用電子回路のPXIである。

図1 実路テストのシミュレータを作ったSUBARUの開発チーム。SUBARUの第二技術本部電動ユニット研究実験部 海口大輔氏(右)が中心となってチームを編成。左は堀場製作所のびわこ工場生産本部自動車計測システム設計部の阿部将氏

今回の実路テストで組んだ3社の内、堀場製作所は、エンジンのテストを行うエンジンベンチをSUBARUへ納入してきた実績を持つ。エンジンベンチは、エンジンの燃焼効率や燃焼状態の観察、排ガス評価などを行うエンジンの試験装置である。SUBARUが堀場に路面をテストする駆動系評価システムについて問い合わせたところ、すでに製品化していることがわかり、今回の開発チームに加わった。バーチャルメカニクスは「Carsim」というシミュレータを20年間、開発・改良してきて納入実績もあり、さらにLabVIEWも使ってHILSに組み込める実力を持つ。

路面モデルと車両のモデルを組み込む

まずは、バーチャルメカニクスのCarsimに、路面モデルとクルマのモデルを実装した。ここでは道路が濡れている、凍っている、通常のアスファルト、といった路面が次々に出てくるようなモデルを作成する。またクルマのモデルでは、摩擦係数のようなタイヤのパラメータや、車両の長さ、重量、空気抵抗など車両のパラメータを組み込んだ。

Carsimのモデルができると、モデルに対して、エンジンやEVなどクルマの動力パラメータを堀場のホイール負荷模擬ダイナモに送る。同時に、Carsimに戻し、Carsimは次の走行抵抗を求める。ホイール負荷模擬ダイナモで得られた計測値をさらにモデルに入れる、というループでリアルタイムに繰り返す。

CarsimモデルからPXIで測定データ収集のループ

ホイール負荷模擬ダイナモは、実際の車両を乗せて車輪を回している状態を実現するハードウェアシミュレータで、路面に相当し、クルマへの負荷を模擬する装置である。車輪は回っているが車両はその場所にとどまっている。このシミュレータで、静止状態から動き始め、慣性も含めて試験する。路面の状況をダイナモで模擬する。どの程度の負荷をかけるかはCarsimモデルのデータを変えることで調整する。

この状態をLabVIEWで計算式で表し、測定データをPXIで収集、LabVIEWで見る。こういった一連のループをリアルタイムで計算するためPXIを使っている。PXIには十分なCPUパワーがあり、高い周波数で更新するためのインタフェースもあるからだ。シミュレーションのモデルを読み出してループを回すわけだが、シミュレータから堀場のダイナモへ指令値を送り、測定データの収集をLabVIEWで制御する。その通信とCarsimシミュレーションと実行の3作業を高速に並列演算しなければならないが、PXIとダイナモではそれが実行できる。

雪道走行を代替

今回のシミュレーションによるOEMの効果は大きい。SUBARUは4WDを売りにしているメーカーであり、雪道に強いが、雪道での走行試験となると、そう簡単ではない。雪のある国や北海道へ出かけ路面試験を行うとしても、何種類もの路面の変化をテストするには何日も待つなり相当な日数がかかる。「意外と冬の期間は短いのです」とSUBARU 第二技術本部電動ユニット研究実験部の海口大輔氏は語る。実機による試験だけだと、試験できる環境を求めるための余計な時間もかかることになる。

実際の路面と、Carsimとの一致性だが、Carsimはモデル作りから20年の実績があり、車両の測定から得られるデータをモデルに合わせこむという作業をしてきたため、ほぼ完成されているという。一方向の1次元モデルのシミュレーションであるため、今回のようなリアルタイムでの計算に応じられるというメリットもある。逆にリアルタイムで回さないと意味がないため、このモデルは有効といえる。

試験時間は半減

このようにシミュレーションすることで、試験そのものは増えるが、実際にはテストコースへの移動時間やその調整、滞在時間などを考慮すると、従来と比べおよそ半分程度の時間で済むようになったと言えるだろうという。最終的にはもちろん実機試験を行う訳だが、その試験回数はシミュレーションとの相関を取り、試験回数を減らせる可能性はある。

今回のように測定、シミュレーション、モータ制御をリアルタイムでほぼ同時にできることは、これからも大きな意味があるという。従来は、測定だけ、シミュレーションだけ、モータ制御だけ、とそれぞれ連携できなかった。これがPXIを使うことでできるようになった。

今後、自動化を進めていきたいとする。ワークベンチのオペレータやPXIなどを操作する人達やドライバーやクルマに指令を与える人たちが今は必要なのだが、この仕事を1/4に減らし、自動化によって24時間テストできるようにしたいという。そうすると5日間連続でテストすることが可能になる。この自動化は、2018年の完成を目指した開発が今も進められている。