カーエレクトロニクスといえばエンジン制御やアクティブサスペンション、安全制御、エアバッグ制御などに注目が集まり、カーナビやカーステレオはもはや注目されない分野となっていないだろうか。逆にカーナビやカーステレオ、テレビなど、いわゆるカーエンターテインメント分野を軸にカーエレクトロニクス分野での市場シェアをじわじわ上げてきている半導体メーカーがある。2005年にオランダのRoyal Philips Electronicsから完全独立を果たしたNXP Semiconductorsである。

市場調査会社のStrategy Analystによると、2005年から2008年まで車載分野で毎年右肩上がりでじわじわと市場シェアの順位を上げてきたメーカーはNXPとドイツのBoschしかいない。2008年は第1位のFreescale Semiconductor、2位Infineon Technologies、3位STMicroelectronics、4位NECエレクトロニクスの次に来る。ちなみに6位はルネサス テクノロジ、7位東芝、8位Bosch、9位Texas Instruments(TI)、10位富士通だとしている。

カーエレクトロニクス関係全体としては、テレマティックス、カーエンタテインメント、センサ、パワートランジスタ、LED照明、CAN/LIN/FlexRayなどの車内ネットワーク、キーレスエントリがNXPの主なテリトリだ。エンジン制御や車両制御関係などの半導体はほとんどない。

NXPが製品/ソリューションを提供するカーエレクトロニクスの分野

技術的な観点からみると、高性能アナログ・デジタル共存IC(HPMS:High Performance Mixed Signal)であり、RF(高周波)回路やアナログ、デジタル信号処理、パワー回路などの応用がNXPは強い。具体的に扱っている応用としては、まずデジタルラジオ、カーラジオのチューナやサラウンド用のDSP、テレビやビデオ映像、パワーアンプはD級アンプ、などがある。

狙う分野はデジタルAV、ソフトウェア無線

この中でNXPがこれからさらに成長しようと狙うカーエンタテインメントの分野は2つある。CarDSPを主体とするデジタルビデオ・オーディオ関係、もう1つはやはりソフトウェア無線技術を使ったデジタルラジオである。カーラジオは従来からのアナログ製品をまだ持っているものの、アナログだけのカーラジオはもはやこれから注力すべき分野ではなくなりつつある。

NXPがカバーしているカーエンタテインメント分野のブロック図

CarDSPと呼ぶ半導体応用は、チューナやDSP、ベースバンドを基本に、チャンネルコーディングや、オーディオイコライザ、D-A/A-Dコンバータ回路などを含めたオーディオ、ビデオ、マルチメディアなどを含むシステムである。ここでは低コストのBOMを揃え、スケーラビリティとフレキシビリティを重視する。今は2009年も発売した第2世代のCarDSPの時代に入っており、ボード上の部品点数は半減した。間もなく量産に移る。さらに第3世代のCarDSPはほぼ1チップになる予定だ。

最も力を入れるデジタル無線DSPと呼ぶ分野は、デジタルテレビやラジオのさまざまな規格に対応する製品だ。「Cayman」と呼ぶ製品シリーズのデジタル無線技術ではソフトウェア無線を活用しさまざまな放送受信規格に対応する。世界ではDAB、DAM+、T-DMBなどの地上波デジタルテレビやデジタルラジオの規格がある。EU域内での移動でも放送方式が違う国に入るとラジオが聞こえなくなるようでは不便だ。このような時にソフトウェアで受信方式そのものを変えてしまうことができる。これがソフトウエア無線(software defined radio)である。

NXPのカーエンタテイメント向けDSPのロードマップ

こういったチップは欧州だけではなく、米国や日本、韓国などにも販売できる。各国ごとに受信方式を変えられるからだ。NXPでは2005年ごろ発売した第1世代のデジタル無線のHDラジオは米国しか使えず、ハードウェアのASICで設計していた。これに対して開発中の第2世代のCaymanチップはHDラジオ、DAB、DAM+、T-DMB、日本のISDB-Tなどにも対応しており、世界中に同じチップを販売できるという強みがある。

デジタルラジオは、日本では普及しないどころか2011年には放送を辞めてしまう動きがあるようだ。しかし、欧州は家庭内でテレビの付けっぱなしではなくラジオのつけっぱなしという文化であるため、欧州では流行っているが日本ではまったく普及しない。

世界中にさまざまな規格が乱立しているため、1つ1つハードウェアで対応しようとすると膨大な労力とコスト、時間が必要となる

独自アルゴリズムで差別化、プロセスは簡単なCMOS

NXP Semiconductors オートモーティブ部門カーエンターテインメント製品ビジネスラインのジェネラルマネージャーであるTorsten Lehmann氏

NXPの持つテクノロジはRF CMOSである。従来のバイポーラ技術ではなく、シリコンのCMOSをできるだけ利用する。これまではデジタル化しにくいアンテナや高周波回路の近くまでできるだけCMOS回路で構成する、と同社オートモーティブ部門カーエンターテインメント製品ビジネスラインのジェネラルマネージャーであるTorsten Lehmann氏は語る。ちなみに第1世代のCar DSPを使うDiranaデジタルラジオではベースバンド以降にCMOSが使われてきたが、第2世代のCarDSPではフロントエンド回路に含まれるダイレクトダウンコンバータまでCMOS技術を使うようになった。チューナ部分ではSiGeなどの異種材料は基本的に使わず、Bi-CMOSを使った。出来るだけCMOS技術を今後も使いたいからだという。

Caymanソフトウェア無線チップは、強力なベクトルDSPと構成可能なハードウェアアクセラレータを今回使ったが、今後はマルチDSP方式で多数の標準規格の放送を受信するようになる。ベクトルDSPを使ったのは、OFDM復調に向くからだという。今はボード上にDSPチップ、その他の部品を搭載しているが、今後は1チップのDSPがその機能を担うことになる。マルチ方式に対応するのは、例えば異なるビデオストリームを処理する場合に有効だ。後部座席で子供たちが2画面を楽しむ一方、運転手はカーナビを見て、助手席の人はテレビを楽しむというような応用シーンなどを考えていると同氏はいう。

さらには、縦列駐車でのバードビューモニタ画像を描くために4個のカメラからの画像データを計算処理するためにもマルチDSPが必要になるとしている。

バードビューモニタのデモを記したスライド

NXPは多数の異なるデジタル放送受信方式に対応するためのアルゴリズムは独自で開発してきた。複数のデジタル放送受信システムとして英Imagination Technologies(IMG)のIPコアはすでに入手可能になっているが、NXPはIMGの技術は使っていない。狙う市場が違うからだという。IMGは携帯機器系狙いだが、NXPのこれはクルマ用にコスト的に安く、しかも同時並列処理したいという要求から来るためだとLehmann氏は述べる。