米Freescale Semiconductorは、自動車の衝突防止用レーダーのコストを現在の70%程度に低価格にできるレーダーに使うSiGe BiCMOS半導体チップ(バイポーラトランジスタとCMOSトランジスタを同時に集積させたIC)モジュールを開発、Freescale Technology Forum Japan(FTFJ)2009で発表した。

これまで77GHz衝突防止用のレーダーはGaAs半導体とシリコンCMOS半導体が使われてきたが、シリコンとGaAsとでは1チップにしづらいため、部品点数や構成される回路が多かった。このためコストが高く、レクサスのような高級車に一部使われる程度に留まっていた。普通車にも搭載するためにはコストダウンが不可欠。SiGeのBiCMOSプロセスを使えば、シリコンプロセスで集積化しやすいためレーダーシステムのコストを抑えることができる。レーダーシステムとしては、GaAsのレーダーシステムと同じ程度の検出距離や対干渉性を持ちながら、70%程度までコストを削減できる、という。

クルマの安全分野におけるFreescaleの提供技術のロードマップ

77GHzという高周波になると電波の性質が光に近づき、直進性が強くなる。このため自動車のフロントから77GHzの電波を前方に発射し、前方にクルマがいればそこで電波が反射して戻ってくる。レーダーには、送信機と受信機、FM変調回路、PLL、A/Dコンバータ、制御用マイコンと信号処理用ASICなど大きな部品が7つ必要である。さらに制御用マイコンや信号処理の専用ASICも従来のレーダーシステムでは使っている。これらの合計がシステムコストとなる。

Freescaleの開発したSiGeのBiCMOSを使う半導体だと集積化しやすいため、送信回路を1チップにしてFM変調回路とPLL、送信回路を集積し、受信部用回路は5チャネル分のRF回路を1チップにし、残りはA/Dコンバータの3チップで済む。部品点数の削減だけではない。発表者によると、GaAsチップはウェハ上で77GHzの高周波を測定できる機器がないため、パッケージングしてからミリ波ストリップ回路に搭載してから測定するという。このため歩留まりが悪く、その分コストが上昇すると指摘する。これに対してシリコンプロセスは良品チップだけをウェハから取り出しパッケージングするため、ミリ波回路基板に搭載してからの歩留まりが上がる。このことがシステム歩留まりに大きく左右するとしている。

開発したBiCMOS ICでは、77GHzを発振させたり受信したりする高周波フロントエンドRF部分にSiGeヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)を使う。SiエミッタとSiGeベース、Siコレクタという構成にすることで、エミッタからの電子はベースを高いエネルギーで走行しコレクタへ到達するため、非常に高速に動作できる。エミッタの方がベースよりもエネルギーバンドギャップが広いことを利用する。同様にエミッタにSiCを用いてもワイドギャップトランジスタになる。

トランジスタ領域のウェル、浅いトレンチ分離、SiGeエピを利用する従来方式だと最大動作周波数fmaxは110GHz程度だが、ベース不純物プロファイルの最適化やエミッタ幅の縮小、ベース電極を厚いトレンチ酸化膜の上に載せることで寄生容量を減らすなどの工夫により、fmax290GHzを得たもの。最大動作周波数fmaxは利得がゼロになる周波数であるから、利得が数倍以上なければ動作できない。fmax290GHzによって77GHzでの動作が可能になった。HBTトランジスタ以外は180nm CMOSプロセスで作製するため集積化が容易になる。

Freescaleの開発したSiGeを用いた77GHzミリ波レーダーシステムと従来システムの構成比較

電流増幅率hFEが1になる時の遮断周波数fTはピーク値で200GHz得られており、SiGeトランジスタとしてはトップクラスの性能だ。このトランジスタプロセスは数年前にIEEEの学会で発表していたが、実用化の目途が立ち、レーダーシステムに組み込むことを決め、今回発表した。

180nm BiCMOS技術は、5層のCu配線CMOS技術に、抵抗やコンデンサを含むアナログCMOS回路、インダクタやバラクタダイオードなどのRF回路をベースに、SiGe HBTを集積したもの。

送信用のICはシリアルSPIインタフェースを持ち、マイコンとFFT処理部からなるベースバンドチップとやり取りする。SPIインタフェースを通して、ΔΣD/AコンバータによるFM変調、PLL回路で77GHzを作りパワーアンプを経て電波を送りだす。77GHzのPLL信号は、分周器で半分に落とした38.5GHzを受信機へ送る。送信器にPLLを搭載したミリ波レーダーは初めてだとしている。

さて、前方のクルマに反射した電波はマルチチャネルのアンテナ、受信回路で受け、送信機から38.5GHzを局部発振器として2倍にてい倍した後、ミキサーにより受信信号と混合し、その差をとりIF(中間周波数)に落とし、チップの外へ出す。チップの外ではローパスフィルタを通し、A/D変換した後、ベースバンド処理を行い、信号を読み取る。

送信器にはステートマシン回路を内蔵し、SPIインタフェースを経てマイコンからの制御信号を受け取り、8種類の動作をさせる。その動作とは、アイドリング、パワーセーブモード、VCOキャリブレーション、パワーダウンモードなどを含んでいる。送信のフルパワー状態では1.8Wを消費する。

受信機の性能は次の通り。変換利得19dB、チャンネル間の分離は50dB、雑音指数がIF100kHz、室温で11dB。線形性は良く、-1dB低下した時の入力電力は-7dBm。受信チャネルは6チャネルだが、12チャネルまで可能だという。チャネル数が多ければ多いほど感度は上がる。また、IFへの出力は差動で送る。

Freescaleは、実用化を2012年以降の普及期に合わせて商品化し、低価格のレーダーシステムソリューションとして自動車メーカー、自動車部品メーカーに提案していく予定である。