世界のウイスキー品評会で高い評価を受け、海外からの出資も受けている嘉之助蒸溜所。KANOSUKEのウイスキーはなぜ世界を魅了しているのだろうか。鹿児島県日置市にある蒸溜所を訪れ、同社のスピリッツに触れてみた。
世界的な酒造企業が出資を決めた嘉之助蒸溜所
小正醸造は、1883(明治16)年に鹿児島県鹿児島市で創業、戦後、小正家の郷里である日置市に移転した140年以上の歴史を持つ酒造会社だ。お神酒に端を発する米焼酎造りを続けていた同社だが、2代目・小正嘉之助氏が米焼酎をオーク樽で寝かせた日本初の長期熟成米焼酎「メローコヅル」を開発。焼酎に樽熟成という新境地をもたらした。
こういったノウハウを元に、ウイスキーの製造を始めたのが4代目・小正芳嗣氏。同氏は日置蒸溜蔵の蔵長を務める枇榔誠氏、杜氏の大牟田和宏氏とともにスコットランドを訪れ、2017年に嘉之助蒸溜所を立ち上げた。
薩摩の蒸留酒文化と焼酎の樽熟成のノウハウから生まれたウイスキーは瞬く間に注目を集め、ウイスキーのコンペティション「ワールドウイスキーアワード 2020」においてベストジャパニーズニューメイクを受賞。2021年には世界的な酒造企業ディアジオが出資を決める。
その後も世界のウイスキー品評会で高い評価を受け続け、2025年には「ワールド・ウイスキー・アワード 2025」に出品した「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」「嘉之助 HIOKI POT STILL 2024 Limited Edition」「シングルモルト嘉之助 蒸溜所限定 #010」がベストジャパニーズウイスキーに輝いたのみならず、嘉之助蒸溜所の貯酒管理チーフ 神前拓馬氏が世界最優秀貯蔵庫責任者賞を受賞する快挙を成し遂げた。
世界が注目する嘉之助蒸溜所は、いまどのようなウイスキー造りを行っているのだろうか。日置蒸溜蔵について紹介した前編に続き、後編では嘉之助蒸溜所の所長 兼 チーフブレンダーである中村俊一氏に嘉之助蒸溜所を案内していただいた。
2代目・嘉之助氏の思いを4代目・芳嗣氏が形にした蒸留所
嘉之助蒸溜所は、2代目・小正嘉之助氏の名を冠したウイスキー蒸留所だ。嘉之助氏は鹿児島県日置市に子どもから大人まで楽しめる蒸留酒のテーマパークのような蒸留所を造りたいと思い描き、薩摩半島の吹上浜沿いの土地を取得。4代目・小正芳嗣氏はその祖父の思いを受け継ぎ、ここで嘉之助蒸溜所をスタートさせた。
嘉之助蒸溜所の本棟の特徴は、コの字型の建屋だ。スコットランドの回廊型の蒸溜所を参考にしたもので、生産の動線にも見学の動線にも良いということで選ばれた形だという。
「スコットランドの蒸留所は、ウイスキーを造るだけでなく、お客さまも大切にしています。嘉之助蒸溜所を建てるにあたっては、まずお客さまを温かく迎えられるようなデザインにしたいという思いがあり、こういうコの字型にしております」(中村氏)
東シナ海に面したこの地の年間の寒暖差は約40度。安定した気候のスコットランドではウイスキーの熟成がゆっくりと進むが、嘉之助蒸溜所では熟成も3倍近いスピードでダイナミックに起こるという。
樽でお酒を熟成させる際に揮散して目減りする容量、いわゆる"天使の分け前"はスコットランドではおよそ2~3%だが、ここでは約6~7%を天使が味見してしまうそう。薩摩の天使はなかなかの酒豪だ。
ウイスキー造りを間近で見れる嘉之助蒸溜所の見学ツアー
コの字型の本棟の左側から見学コースへ。入り口付近では小正醸造と嘉之助蒸溜所の歴史を知ることができる。次の扉を開くと、糖化槽(マッシュタン)で麦汁をつくる様子が見られる。使用しているのは、数多くの蒸留所で採用されている三宅製作所の製品だ。
嘉之助蒸溜所では基本的にノンピーテッドのウイスキーを製造しているが、ピーテッドウイスキーにもチャレンジ中。さらにモルティング(大麦を大麦麦芽へ加工する工程)も自社で行っている。
蒸留されたウイスキーは発酵タンクに送られる。板張りの床から間近で発酵タンクを見ることができるのは、嘉之助蒸溜所ならではの工夫だ。床下にはさらに4つの酵母培養タンクがあり、さまざまなフレーバーを生み出すために使われている。
奥に進むと、3つの蒸留器(ポットスチル)が並んでいる。一番左が初溜釜、中央および右が2度目の蒸留を行う再溜釜。それぞれ形状が異なり、ネックがストレート型な中央の蒸留器で再溜するとボディのあるリッチタイプの酒質に、ネックがランタン型な右の蒸留器で再溜すると軽快なライトタイプの酒質になるという。
「単式蒸留器で一回蒸留して、現素材のフレーバーを活かすのが焼酎です。けれども、日置蒸留蔵には7つも蒸留器があって、いろいろなタイプの原酒ができます。そういった知見を嘉之助蒸溜所でも取り込むため、一対ではなくて、ひとつの初溜釜に対してふたつの再溜釜で造り分けをしていこうというコンセプトになりました」(中村氏)
近年は3つの蒸留器をすべて使ったアイリッシュタイプの3回蒸留も試しているそうだ。この原酒をヴァッティングしたウイスキーの販売も予定しているそうで、登場が待ち遠しい。
ウイスキーのフレーバーを決定づける貯蔵庫
蒸留所を出て、次に向かったのは丘の上にある4つの貯蔵庫。歴史を感じる重厚な建屋は2代目・小正嘉之助氏が建てたもので、小正醸造の象徴である小鶴も確認できる。
海風を遮る崖に面し、崖を切り崩した半地下の環境につくられており、一定の湿度が保たれひんやりとした空気を感じられた。
内部には多種多様な樽が所狭しと並ぶ。多くはアメリカンホワイトオークを使ったバーボン樽だが、ここに焼酎樽が加わっているのが嘉之助蒸溜所らしいポイントだ。その他フレンチオークを使ったシェリー樽や、国産のミズナラ樽などもあり、定期的に買い付けを続けているという。さまざまな熟成を試していることが伺える。
「焼酎樽は、バーボン樽やシェリー樽とは異なる米麹でつくる焼酎由来のフレーバーが染みこんでいます。それが嘉之助のウイスキーの特徴にもなっていますね。以前、他のジャパニーズウイスキーとうちのウイスキーを分析にかけたことがありました。強弱の違いはあれど同じフレーバーが続くのですが、2種類だけ嘉之助にしかないものがあって、それがテイスティングコメントにも書いてあるカリンのフレーバーです。恐らくそれが焼酎由来のものなのでしょう」(中村氏)
最後に訪れたのはテロワールの熟成庫。先に訪れたレガシーの熟成庫とは異なり、こちらは最新の移動式ラックを採用した大型の倉庫だ。訪問時はちょうど樽に熟成前の原酒(ニューポット)を充填する作業が行われていた。
嘉之助ウイスキーを堪能したテイスティング
見学を終えたあとは、本棟の「THE MELLOW BAR」で眼下に広がる吹上浜の白く長い砂浜を眺めながらテイスティングを楽しめる。今回はヘッド オブ ブランド アドボカシーとして嘉之助蒸溜所の魅力をユーザーに届けている石原達也氏の説明を受けながらグラスを傾けた。
テイスティングさせていただいたのは、「シングルモルト嘉之助」「嘉之助 HIOKI POT STILL」「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」の3本に加え、「嘉之助 シングルモルト KAGOSHIMA EXCLUSIVE (鹿児島限定)」だ。
「シングルモルト 嘉之助」は嘉之助蒸溜所で造られており、メローコヅルに通ずる甘くスパイシーな味が特徴的。「嘉之助 HIOKI POT STILL」は日置蒸溜蔵で造られたグレーンウイスキーで、力強くリッチな味を楽しめる。「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」はこの2本をブレンドしたウイスキーで、メローな味わいとリッチな味わいが交わった複雑さを楽しめる。
そして追加でテイスティングさせていただいた「嘉之助 シングルモルト KAGOSHIMA EXCLUSIVE (鹿児島限定)」は、フルーツのような豊かな甘みを味わうことができた。
このウイスキーは鹿児島県産の二条大麦「ほうしゅん」を自社で製麦した原酒を、他の多彩な樽の原酒とヴァッティングしているそうで、鹿児島の豊かな大地を感じること請け合いだ。鹿児島を訪れた際はぜひ一度口にしてみてほしい。
「嘉之助蒸溜所には"Next Generation Japanese Whisky From Kagoshima's Mellow Coast"というブランドメッセージがあります。私たちには、ウイスキーを通じて焼酎や鹿児島の魅力も発信していきたいという思いがあるのです」(石原氏)
嘉之助蒸溜所のウイスキーが世界から認知され、鹿児島の蒸留酒文化が知られるようになれば、いつか日本以外の地域で焼酎というスピリッツが造られる日が来るかも知れない。
鹿児島の蒸留酒文化を世界に羽ばたかせることこそ、同社の見据える将来像だ。そのために、6月1日からはこれまで実施してきた見学ツアーをリニューアル、3つの新しいツアーを開始するという。
「これまでのツアーでは本棟のみのご案内でしたが、ちょっと幅を広げて、今回見ていただいた貯蔵庫の見学や、ウイスキーのブレンド体験などもしていただける内容になっています。ちょっと不便なところにある蒸溜所ではありますけれども、たくさんの方に鹿児島に来ていただき、ぜひ蒸留所まで足を運んでもらえたらなと思います」(中村氏)