韓国のヒョンデ(Hyundai)が日本で発売したコンパクトな電気自動車(EV)「インスター」に試乗してきた。軽自動車や小型車、小型SUVからEVに乗り換えたいと考えている人は、このクルマを一度はチェックしてみるべきだと思う。
「5ナンバー」のサイズ感が日本にジャストフィット
まず、サイズ感が日本で運転するのにちょうどいい。いわゆる「5ナンバーサイズ」におさまっているので、狭い道でも安心だ。全幅が1,610mmしかないので、路上駐車のクルマを右にふくらんで避けるときにも非常に助かる。
ヒョンデによれば、日本国内の道路は8割以上が1970年以前に整備されたそうだ。1970年以前は、国内の登録車のうち約99%が5ナンバー車だったという。つまり、日本の道路の多くが「5ナンバー想定」のサイズ感なのだ。いまだに5ナンバー車の方が走りやすいのも道理である。
回生ブレーキの強弱を細かく調整可能
回生ブレーキの強弱を細かく調節できるのも嬉しいポイント。アクセルペダルの操作だけでクルマを加減速させられるのはEVに乗る醍醐味だ。「ワンペダル走行」(アクセルペダルを完全に戻すとクルマが停止するまで減速する)も可能なので、右足の踏みかえ回数を劇的に減らせる。信号の多い街中を走る時の右足の疲労度は、ワンペダル走行があるクルマとないクルマとでは全く違うというのが私の実感だ。
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「インスター」のグレード展開は「カジュアル」(Casual、284.9万円)、「ヴォヤージュ」(Voyage、335.5万円)、「ラウンジ」(Lounge、357.5万円)の3種類。試乗したのはラウンジ、写真のボディカラーは「トムボーイカーキ」だ
回生ブレーキの強弱はハンドルの裏側(左右)に付いている「パドル」を手前に引いて調節する。右のパドルを引いたままにする(長押しするようなイメージ)と、回生ブレーキは「自動モード」に入る。前にクルマがいるかどうかを判断し、車間距離を見ながら回生ブレーキの強さを自動で制御してくれるモードだ。
回生の自動モードは、高速道路の途中の合流で役に立った。
試乗で首都高を走っていると、2本の道路が1本に合流する場所に出くわした。けっこうな速度を保ちつつ、右側に合流しなければいけない緊張のシーンだ。こういうときには前を走るクルマとの車間距離を気にしつつ、ドアミラーで右斜め後ろの状況(クルマが来ているかどうか、来ているとしたら距離はどのくらいか)もチェックしながら、合流を実施しなければならない。ただ、右斜め後ろに気を取られ過ぎると、前のクルマとの距離が想像以上に詰まってしまう場合がある。
今回も似たような状況になりそうだったのだが、回生を自動モードに入れていたおかげで、前のクルマとの距離が近づきすぎずに済んだ。運転初心者にも嬉しい機能だ。
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初心者に嬉しい機能といえば、「インスター」はウインカーを出すとメーターパネルに曲がる方向の後ろの様子を映し出してくれる。自転車、原付、電動キックボードなどが来ていないかどうか、これなら確認しやすい(写真は左にウインカーを出したところ)
回生を自動モードに入れておくと、前を行くクルマが停止すれば、こちらも自動で停止する。
回生の自動モードを備えたクルマにはいくつか乗ったことがあるが、それらのクルマはインスターに比べればかなり高級なモデルだったし、停止まで自動でやってくれるクルマはなかった。この機能、かなりスゴイと思う。しかも停止の仕方はマイルドで、少なくとも、試乗中に「ガクン」とくることはなかった。赤信号で停止するときのアクセルペダルの最後の微調整を自分でしなくていいので、かなり楽だと感じた。過信は禁物だと思うが、この機能を使いこなせば右足疲労度の更なる軽減が図れるはずだ。
走行距離が長い!
インスターのバッテリー容量は「カジュアル」が42kWh、「ヴォヤージュ」および「ラウンジ」が49kWh。カジュアルでも軽EV「サクラ」の倍以上ある。それでこの価格は、かなりコスパが高いと思う。フル充電で走れる距離は49kWhで458km。42kWhの方は「申請中」となっているが、単純な割り算でも300km台後半は固そうだ。これだけ走れば、ほとんどの場合は問題ないだろう。
装備が高級車なみ!
「ラウンジ」グレードになると、前席に「シートベンチレーション機能」が付く。背もたれとお尻の下が涼しくなる機能だ。これまでいろいろなクルマに試乗してきたが、ベンチレーションは「高級車の証」みたいな機能で、インスター級の価格のクルマで同装備を搭載しているモデルは、おそらくほかにない。
「ヴォヤージュ」はベンチレーションなしだがシートヒーターは付く。カジュアルはシートヒーターも付かない。EVなのにシートヒーターなしというのは、はっきり言っていただけないポイントだ。インスターを買うなら、ヴォヤージュ以上のグレードを選んだ方がいい。だけど、そうすると値段が300万円を超えてしまう。悩ましいところだ。
車中泊にも使える!
5ナンバーなのにフラットで広大な車内空間が作れて、ちょっとした工夫で車中泊も問題なくこなせそうなところもインスターの見どころだ。写真でご確認いただきたい。
後席のみならず前席も前にパタリと倒せるから、ご覧の通りの空間が簡単に作り出せる。EVだから、充電さえしておけば、静かでエアコンの効いた車内で寝転がって過ごすことが可能だ。前席だけ前に倒して、シートバックをテーブル代わりに使えば、ご飯を食べたり仕事をしたりもできるはず。後席からアクセスできるUSBポート(タイプC)もある。
軽や小型車からEVに乗り換えるなら…
正直に言えば、インスター一択なのではないかと思うほど魅力満載のクルマだ。値段、性能、サイズ感などから考えると、ライバルはBYD「ドルフィン」なのではないかと思う。日本製のEVでインスターに対抗できそうなクルマは思いつかないが、あえて探すとすれば、日産「リーフ」の次期型に期待するしかないかもしれない。もちろん、軽自動車のEVで十分という人には、日産「サクラ」や三菱自動車工業「eKクロスEV」、ホンダ「N-VAN e:」といった選択肢がある。
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「インスター」の先行予約受付開始は2025年1月10日。3月28日の時点で予約台数は300台を超えた。Hyundai Mobility Japanのマーケティング担当者によれば、手ごたえとしては「非常に好調」だそうだ。最も多く売れているボディカラーは写真の「バタークリームイエロー」であるとのこと。黄色が最もよく売れるクルマというのは、はっきりいって非常に珍しい。黄色といってもポップすぎず、クリーム色の成分が多めでおしゃれな雰囲気だ
それにしても、インスターみたいなクルマを、どうして日本の自動車メーカーが先に作らなかったのだろうか。5ナンバー車に慣れている人がEVに乗り換えるとすれば、こういうクルマが欲しくなるはずなのに……。そんな疑問すら感じたインスターの試乗会だった。