スタンフォード大学の研究チームは、分子の光学異性体(鏡像体)を光を使って選別する新技術を開発したと発表した。光ピンセットの技術が応用されている。研究論文は「Nature Nanotechnology」に掲載された。

左右非対称な構造の分子を鏡に映したときに得られる構造をもつ分子は、光学異性体と呼ばれている。地球上で生体のタンパク質を構成しているアミノ酸はL型(左手系)しか使われておらず、その光学異性体であるD型アミノ酸(右手系)はなぜか使われていない。実験室で有機化学分子を合成する場合には、L型アミノ酸に対するD型アミノ酸のような光学異性体の分子も同時にできてくるので、自然界にみられる光学異性体の偏りがどのようにして生じたのかについては、現在も未解明の謎として残っている。

生体分子が片方の光学異性体だけで構成されているという理由から、実験室で合成された化学物質は、右手系か左手系かによって生体への作用が大きく異なるものが多い。例えばリモネン分子は、D体の場合レモンのような柑橘系の匂いになるが、L体の場合はテレピン油のような匂いになる。また鎮痛剤のイブプロフェンは、光学異性体の違いによって薬効が大きく異なる。サリドマイドについては、光学異性体が深刻な出生異常をもたらしたとする報告もある。

研究チームのJennifer Dionne准教授は「医薬品の約50%、農薬の約30%には光学異性体が存在するが、右手系と左手系の分子の分離が困難なため90%以上は両方が混在した状態で市販されている」と指摘する。光学異性体を選別分離するには、通常、コストと時間がかかる処理が必要になる。

ナノ構造フィルターに光を当てるとAFMの探針先端が光に引き寄せられる。この実験では、探針先端が分子に見立てられている。写真bが実際のフィルターの電子顕微鏡画像(出所:Nature Nanotechnology, DOI:10.1038/nnano.2017.180)

研究チームは今回、この光学異性体の選別分離を行うための新技術を開発した。その方法はナノ構造を有するフィルターを使うというもので、フィルターにレーザーを照射したときに一方の分子だけが引き寄せられ、その光学異性体は反発するようにできるという。

この技術には、光ピンセットの仕組みが使われている。光ピンセットは、集束させたレーザー光で微小な物体を捕捉したり動かしたりできる技術である。光ピンセットを使って光学異性体をつまみとるというアイデアはこれまでにもあったが、実際に選別分離の目標となる分子の多くは光ピンセットで扱うには小さすぎるため、実現していなかった。

今回の研究では、より小さな分子が円偏光と強く相互作用できるようにするナノ構造のフィルターを開発したとする。フィルターを通した円偏光は、その旋回方向に対して相補的な分子と相互作用し、これらの分子を選択的に引き寄せることができるという。

このフィルターの効果を確認するため、研究チームは原子間力顕微鏡(AFM)の探針先端にキラリティ(右手系と左手系の違い)をもたせた「キラル光学力顕微鏡」を作製し、フィルターを通した光と探針先端の相互作用を評価した。この実験では探針先端が分子に見立てられており、実際にキラリティの違いによって分子が光に引き寄せられたり反発したりするだけの力が作用することが確認できたという。

今後は、微小流体チップ上にこうしたナノ構造を多数並べ、レーザー光を照射することによって実際に医薬品などの分子を選別するデバイスを開発していくとする。