マサチューセッツ工科大学(MIT)とマンチェスター大学の研究チームは、電子の超バリスティック流動と呼ばれる現象を実験的に確認したと発表した。電子が集団的に動くときに現れるこれまで知られていなかった流体力学的性質として注目される。研究論文は、物理学誌「Nature Physics」に掲載された。

電子が狭い通路を通り抜けるとき、高密度の集団をつくっているほうが、単一の電子よりも速く移動できる(出所:MIT)

電子の超バリスティック流動は、今年の初めにMITチームがその存在を予想する理論を発表していた。狭い通路を一度に大勢の人間が通過しようとしている状況を考えると、押し合いになって流れが詰まり、なかなか前に進まなくなるのが普通である。しかし、超バリスティック流動の理論によると、電子の場合これとは逆に、集団で通路を通過することによってそのスピードが速くなる場合があるという。

単一の電子が狭い通路を通り抜けるとき、電子は通路の側面の壁にぶつかりながら進む。壁にぶつかるたびに、電子の運動量およびエネルギーの一部が失われる。

一方、電子が高密度の集団をつくって狭い通路を通るときには、通路の側壁への衝突よりも電子同士の衝突のほうが多くなる。このような電子相互の衝突では、運動量とエネルギーの損失が起こらないと考えられる。2つの粒子が衝突するとき、2粒子を合わせた系における全運動量と全エネルギーは保存されるためである。

電子の衝突プロセスでは個々の電子の運動量は急激に変化するが、これらの電子の運動量を合計した全運動量については保存されるので、損失は非常に低くなる。その結果、集団的に移動する電子は、個別に通路を通過する電子と比べて移動速度が速くなると考えられる。

実は、電子ではなく気体については、こうした現象が起こることが以前から知られていた。上記の説明と同じ理由から、希薄な気体よりも高密度の気体のほうが狭い通路を流すときに必要な圧力が下がるのである。気体でみられるこうした流体力学的な挙動が電子においても起こるとしたのが、年初にMITチームが発表した論文であった。

その論文では、狭い通路に多数の電子を送って電流を作り出すことによって「電子の粘性流」を作り出すことができるとしていた。電子の粘性流は、これまで理論的に予想されていたが実際には観測されたことがなかったものである。具体的には、狭い通路に電流を流したとき、適切な条件の下でその流れが粘性をもっていれば、自由電子の場合と比べて電気抵抗値が異常に低くなることが予想された。

今回の研究では、この異常な低抵抗化を実験的に測定することで、電子の粘性流の存在を確認することが試みられた。電子を通過させるための狭い通路(隘路)は、窒化ホウ素で封止したグラフェン内部にエッチング処理によって形成した。この方法で連続する複数の隘路をグラフェン内に作りこみ、各隘路での電位降下を個別に測定することによってデバイス内での電子の流速を隘路ごとに検出できるようにした。

デバイス形成は、グラフェンの発見でノーベル物理学賞を受賞したアンドレ・ガイム氏が率いるマンチェスター大学の研究チームが行った。

実験の結果、このデバイスでは自由電子の伝導度の最大値である「ランダウアーのバリスティック限界」を超えた電子の伝導度が測定された。また、温度の上昇とともに電子伝導度が上がる現象も確認された。同様の現象は、デバイス形状をさまざまに変えたグラフェンでも確認されているという。

この新しい現象を低消費電力デバイスに応用できる可能性もある。ただし、研究チームは、電子の流れを流体力学的に捉える枠組みがもたらす基礎科学的な重要性のほうをより強調しているようである。