岡山大学は、同大学大学院医歯薬学総合研究科(薬)のニパワン・ヌアムケット特任助教(研究当時)、安井典久助教、山下敦子教授らと、理化学研究所、農業・食品産業技術総合研究機構、自然科学研究機構分子科学研究所、東北大学、大阪大学の共同研究グループが、口の中で味物質の感知を担う味覚受容体タンパク質について、受容体の主要部分である細胞外のセンサー領域が味物質を結合している状態の構造を解明することに成功したことを発表した。この研究成果は5月23日、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。
味覚は、私たちが口の中に持つセンサータンパク質の味覚受容体が、食物に含まれる味を呈する化学物質(味物質)を感知することで始まる。食物中にはさまざまな化学物質が含まれており、私たちは比較的幅広い物質を「味物質」として感知する。例えば、ヒトの甘味受容体 T1r2-T1r3は糖類や人工甘味料を感知し、マウスのうま味受容体 T1r1-T1r3は幅広いアミノ酸を感知する。しかし、味物質のセンサー領域である T1r リガンド結合領域がどのように味物質を認識しているのかは、これまで明らかにされていなかった。
研究グループは今回、大型放射光施設 SPring-8を利用してX線結晶構造解析を行うことで、受容体のリガンド結合領域が大きさや性質などが異なる、幅広いアミノ酸を結合するという多様な味物質認識を示すことがわかったという。人間の五感のうち、味覚や嗅覚といった化学物質を感じる役目を果たす、化学感覚受容体の立体構造が明らかになったのは、世界で初めてだということだ。
T1r2には大きな味物質結合ポケットがあり、味物質であるアミノ酸に共通する部位は直接認識しつつ、アミノ酸ごとに異なる部位については水分子に覆われた状態のまま認識しているという。ポケットの表面はさまざまな性質を持つ領域がモザイク状に存在し、多様な性質のアミノ酸を結合できることがわかったという。
他の受容体では「鍵と穴」のように結合する物質とサイズや性質がぴったり適合するポケットを有する例が多いが、T1r2 の結合ポケットはいろいろな「鍵」を受け入れることができるサイズと性質を備えており、これば味覚受容体が幅広い味物質を認識できる大きな理由だと考えられるとしている。
また、今回の解析からT1r3にも味物質が結合するポケットがあり、実際に味物質が結合していることも判明した。しかし、T1r2のポケットとは異なり、T1r3は味物質を見分けることには重要な役割を果たしていないことが推測されたということだ。
この研究成果は、今後の味覚受容の仕組みを詳しく理解する上での重要な一歩になるという。また、同じくT1r タンパク質に分類されるヒトの甘味受容体やうま味受容体も、今回明らかになったメダカの受容体と似た構造をしていると考えられるという。今回の成果によって、ヒトの受容体の立体構造モデルをより正確に予測することが可能になり、ヒトの味覚の理解や新しい味物質の開発などへの活用が可能になると説明している。