東京農工大学は、同大学大学院工学研究院の三沢和彦教授、同大学院工学府の伊藤輝将特任助教らの研究グループが、染色不要で生体観察できる次世代の顕微鏡技術として注目されているコヒーレントラマン顕微鏡の分野において、装置コストを削減しつつデータ取得速度を大幅に高速化した新たな顕微鏡システムの開発に成功したことを発表した。この研究成果は4月25日、国際学術誌「Journal of the Optical Society of AmericaB」に掲載された。
一般的に、生体に含まれる化学物質を区別して観察するには試料を染色する必要があるが、小さな分子の中には染色すると本来の生理活性作用が失われるものもある。こうした小さな分子の細胞や組織中の濃度分布も、ラマン顕微鏡を用いることで、染色せずにそのまま観察することが可能となる。
近年、瞬間的に発光するパルスレーザでラマン信号が増強されることを利用した「コヒーレントラマン顕微鏡」が、高速な非染色撮影を可能にする次世代技術として注目されており、国内外でこの技術を用いた先端研究が生命科学、創薬、医療などの分野で進められている。通常のコヒーレントラマン顕微鏡では、波長の異なるふたつ以上のパルスレーザを用意し、さらにパルス光のタイミングを完全に合わせる必要があるため、システムが複雑かつ高価となり、同技術の普及を阻む障害となっていた。
研究グループは、この先端顕微鏡をレーザ1台だけで実現する「位相制御コヒーレントラマン顕微鏡」を開発したが、周波数分解能を高くしようとすると、検出に用いるパルスの波長幅を狭くする必要があった。この単一ビーム方式のコヒーレントラマン顕微鏡は、簡素かつ安価という利点がある一方で、検出パルスの波長幅を狭くするとラマン信号強度が強く取れず、周波数分解能と画像取得速度の性能の両立が困難であった。
このたび新たに開発された顕微鏡システムでは、1台のレーザ装置から出てくるパル ス光を3つのパルスに分割し、それぞれの時間波形を精密に制御してから試料に照射することで、単一ビーム方式の信号取得性能を大幅に向上させたという。従来のように検出パルスの波長幅を狭くする代わりに、同研究グループが培ってきた波形整形技術を駆使して、信号検出に用いるふたつのパルスのうなりの周波数幅を狭くすることに成功した。これにより、周波数分解能を保持したまま従来の単一ビーム方式の1/200 以下の時間で画像データを取得できるようになり、低分子化合物の顕微鏡撮影への道が開かれたという。
この顕微鏡で撮像すると、小さな分子の濃度分布をありのままで撮影することが可能になり、例えば、生体組織の外から与えた薬剤がどこにどれくらいの量だけ吸収されるのかを画像から解析することが可能になる。これにより、皮膚外用薬や点眼薬の開発などに応用できるほか、食品、化粧品などの品質評価、印刷用インクなどの有機材料や半導体素子の性能評価など、広範な産業分野への展開が期待されるとしている。