京都大学の松本卓也研究員は、野生チンパンジーの赤ちゃんは、3歳前後で自律的に栄養をまかなうことができるようになることがフィールド調査で判明したと発表した。
同研究は、京都大学の理学研究科・日本学術振興会特別研究員(現 総合地球環境学研究所研究員)松本卓也氏によるもので、2017年3月20日付けで国際学術誌「American Journal of Physical Anthropology」誌(電子版)に掲載された。
同研究は、ヒトとその他の霊長類の生活史(性成熟する年齢、初産の年齢、寿命など)を比較し、人類の進化の過程を考える手段として行われた。ヒトの場合、「離乳時期の早期化」が生活史パターンの特徴として挙げられ、赤ちゃんがおよそ2.5~3歳になった時期に、母親は授乳をやめるとされている。また、ヒトに遺伝的に最も近いチンパンジーの離乳時期は、お乳をくわえるのをやめる時期や、母親が次の子を妊娠する時期を基準に4~5歳とされてきた。
しかし、チンパンジーの離乳時期はフィールドでの観察データに基づいてきたため、乳首をくわえているだけの「甘え吸い」や夜間授乳の可能性を確かめることができず、正しい「母乳への依存度を下げ、他の食物で栄養をまかなうことができる時期」を調べることができなかったという。また、近年では、チンパンジーの孤児が生き残ることができる境界の年齢が3歳前後であることや、多くの霊長類で離乳時期との一致がみられる第一大臼歯の萌出年齢が、野生チンパンジーでは3歳前後であることなどが明らかになり、これまで野生チンパンジーの行動観察の結果から考えられてきた「4~5歳」より早期に離乳している可能性が示唆されていた。
同研究では、タンザニアのマハレ山塊国立公園(以下、マハレ)でフィールドワークを行い、野生チンパンジーの赤ちゃんの食生活の発達変化を調査。マハレでの2年近い観察の結果、チンパンジーの赤ちゃんは3歳前後において「より長い時間を採食に費やす」、「消化の難しい"葉"をより長い時間採食する」、「他個体からの分配なしに、自力で物理的に処理の難しい食べ物を採食する割合が高くなる」といった傾向を示すことがわかったという。
植物の葉は、一般的にタンパク質含有量が高く、野生チンパンジーにとって重要な食物となる。しかし、葉はタンニンなど2次代謝物を多く含むため、消化器官が未発達な赤ちゃんにとっては多く食べられないものであると言えるが、同研究結果から3歳前後のチンパンジーの赤ちゃんは、葉を長時間食べることができるようになる、ということがわかった。
また、赤ちゃんは咀嚼器官などが未発達のため、堅い殻に覆われた果実など、自力で採食が困難な食物が存在するが、3歳前後の赤ちゃんはそういった「物理的に処理の難しい食物」を、他個体からの食物分配を受けずに自力で採食する時間割合が高くなる、ということもわかったという。これらの結果をまとめると、チンパンジーの赤ちゃんは3歳前後において、赤ちゃんならではの食べ難さが緩和して大人と同様の食べ方ができるようになり、「野生チンパンジーの赤ちゃんは、これまで考えられていた離乳時期よりもかなり早い段階で、母乳への依存度を大きく下げている」という予想が、行動学的見地から支持されたということだ。
翻ってヒトの特徴を考えると、ヒトは「赤ちゃんが栄養的に自立する時期」よりも前に「母親が次の子を妊娠する時期」が来ることが可能である。この特徴的な離乳方法について重要な役割を果たしているのは、やわらかく調理され、なおかつ母親以外の誰かが赤ちゃんに与えることができる「離乳食」の存在かもしれないと推測されている。
同研究成果は、赤ちゃんの食生活の変化が人類の進化にどのような影響を与えたかについて考える上での、重要な足がかりになると考えられるということだ。