名古屋大学遺伝子実験施設の松尾拓哉講師らの研究グループは、緑藻において体内時計をリセットする赤や紫の光情報の伝達経路の構成因子を明らかにしたと発表した。同研究は、石浦正寛 名古屋大学名誉教授、福澤秀哉 京都大学教授、山野隆志 京都大学助教らとの共同研究によるもので、3月23日に米国科学雑誌「PLOS Genetics」に掲載された。

【A】クラミドモナスの写真(直径10μm程の単細胞生物)
【B】各波長の光に対するROC15の分解。野生型では紫色光(410nm)や赤色光(660nm)で強く分解が起こるが、今回発見した変異体では赤色光に対する分解は完全に消失しており、紫色光に対する分解は弱くなっていた。
【C】赤色光や紫色光は、青色光とは異なる、CSLが関与している経路で体内時計に伝達されると判明。

池や水田など身近な水場に生息する生物である緑藻は、一部の緑藻がバイオ燃料の供給源として期待されている。緑藻は人間と同様に体内時計を持っており、規則正しいリズムで日々の生命活動を営んでいるという。体内時計は光によってリセットされ、緑藻の場合は、ほぼ全ての可視光域の光がリセットに有効であると知られている。特に、赤や紫の光が効果的であるものの、緑藻がそれらの光情報を受容伝達する分子メカニズムはわかっていなかった。

同研究グループはこれまで、緑藻の一種であるクラミドモナス用いて、体内時計の研究を進めてきた。2008年には、緑藻の体内時計の中核をなす「時計遺伝子」を網羅的に決定。さらに、2013年には時計遺伝子が作るタンパク質の一つであるROC15が、細胞が光を浴びた直後に急速に分解され、これが引き金となって体内時計がリセットされることを明らかにした。今回の研究では、そのROC15の分解を引き起こす光情報の伝達系路に焦点を当てて研究を行った。

同研究では、未知の経路を明らかにするために順遺伝学の手法が用いられた。まず、クラミドモナスのゲノムにランダムに遺伝子変異を導入。得られた約1万4,000の変異体を詳細に解析した結果、ひとつの変異体が非常に興味深い性質を示すことを突き止めた。その変異体においてROC15の光応答は、赤の光に対しては全く起こらず、紫の光に対しては弱い応答しか示さない一方、青の光に対しては正常な応答を示したという。これらのことから、この変異体は赤や紫の光を受容伝達する経路に異常を持つことが判明した。また、上記の変異体において遺伝子の解析を行った結果、緑藻でこれまで研究されていなかった遺伝子に変異を持つことがわかったという。その遺伝子がコードするタンパク質は、哺乳類においてSHOC2と呼ばれるRAS/ERK情報伝達経路に関わるロイシンリッチリピートタンパク質と類似しており、研究グループはこの遺伝子をCSL(Chlamydomonas SHOC2-like Leucin-rich-repeat protein)と命名した。

同研究は、緑藻における赤や紫の光の情報伝達経路の構成因子を明らかにした研究であり、今後、CSLやそれに関連する因子の解析により、この経路の分子メカニズムの全体像が見えると期待できる。興味深い点は、緑藻において、主として赤や紫の光を受容するセンサーがまだ見つかっていないことだという。そのため、この研究は未知の光センサーの発見につながると期待できる。また、一部の緑藻はバイオ燃料の供給源として期待されており、体内時計は緑藻の多くの生命活動と直結しているため、今回の研究成果は、体内時計の調節を介したバイオ燃料の増産につながる可能性があるということだ。