ハーバード大学の研究チームは、水素に超高圧をかけることによって「金属水素」と呼ばれる状態を作り出すことに成功したと発表した。金属水素は、超高圧をかけられた水素が、金属光沢や導電性といった金属特有の性質を示すようになるもの。金属水素は、常温で超伝導体として振舞うと理論的に予想されていることもあり、高圧物理の分野では長年にわたり金属水素を作る実験が続けられている。研究論文は、科学誌「Science」に掲載された。

超高圧実験中の水素分子。圧力200GPa付近では透明だった水素分子(左)が、335GPaを超えたところから黒色に変化し(中央)、495GPaで金属特有の光沢を示すようになる(出所:ハーバード大学)

水素は通常、水素原子2個がそれぞれの軌道上にある電子を共有し合って結びつく共有結合によって、水素分子H2を構成している。この状態の水素は、分子間での電子の受け渡しができないため電気を通さない絶縁体である。しかし、水素に極めて高い圧力をかけた場合には、分子同士がぎゅうぎゅうに押しつけられることで分子の共有結合が解離し、電子1個を持つ水素原子がびっしり並んだ状態が出現する。このとき水素のバンド構造は金属状態となり、導電性を持った金属水素になると考えられる。

こうした理論予想は、1930年代に物理学者ユージン・ウィグナーらによってすでに行われており、ウィグナーは金属水素を作るのに必要な圧力を25GPa(ギガパスカル)と計算していた。25GPaというと約25万気圧の超高圧状態であるが、その後の実験によって金属水素を実際に作るには25GPaでは足りず、これを大幅に上回る超高圧力が必要であることがわかってきた。例えば、ローレンス・リバモア研究所が1996年に行った実験では、140GPa・3000Kという超高圧・超高温状態をガス銃の衝撃波によって発生させることで、液体水素が導電性を示したとされている。ただし、これは衝撃波による瞬間的な現象であり、金属水素とみられる状態が持続したのは100万分の1秒以下という短い時間だった。今日の理論では、金属水素への変化に必要な圧力は400~500GPa程度だろうと予測されている。

今回の実験では、高圧実験でよく使われるダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いて、低温で固体化した水素分子に超高圧をかけた。その結果、圧力335GPaまでは透明だった水素が、この圧力を超えると黒色に変わり、さらに495GPaに達したところで金属光沢を示すことが確認された。このときの反射率は0.91であった。この反射率をもとに理論モデルから計算したプラズマ振動数は約32.5eV(電子ボルト)、キャリア密度は約7.7×1023/cm3であり、金属水素の原子密度の予測値と一致した。このことから研究チームは、超高圧下で固体の金属水素が現れたと結論している。

通常このような超高圧をDACにかけると、装置自体が破壊されてしまい、実験にならない。研究チームは破壊回避の対策として、DACのダイヤモンド表面5μmを反応性イオンエッチングによってきれいに削ぎ落とし、その後にアルミナ薄膜による保護層を作って水素の進入による劣化を防ぐなどの処理を施した。こうした工夫によって、495GPaという超高圧条件を実現できたという。

超高圧下で生成された金属水素は、理論的には準安定状態であるため、生成後に常温・常圧に戻しても金属水素の状態を保つことができる可能性がある。また、金属水素が室温以上で超伝導状態を示す高温超伝導体である可能性も指摘されている。

今後これらの理論予測が実験的に確認された場合には、室温超伝導という夢の技術が現実のものとなるかも知れず、期待が膨らむ。電気抵抗ゼロの状態で電流を回し続ける画期的なエネルギー貯蔵技術や送電網の超低損失化、超伝導リニアなどの磁気浮上式移動システム、超高効率電子デバイスの実用化など、室温超伝導の実用化が社会に及ぼすインパクトは計り知れないものがある。