国立大学法人理学部長会議は10月31日、運営費交付金が継続的に削減されている現状と、その結果教員が削減されている大学現場の危機についての声明を発表した。

東京工業大学蔵前会館で行われた記者会見の様子。左から、お茶の水女子大学理学部長 吉田裕亮教授、琉球大学理学部長 山崎秀雄教授、東京工業大学理学院長 岡田哲男教授、東京大学理学系研究科長 福田裕穂教授、北海道大学理学部長 石森浩一郎教授、茨城大学理学部長 折山剛教授、広島大学理学部長 楯真一教授

今回、声明を発表した理由について東京工業大学理学院長 岡田哲男教授は、「今年ノーベル賞を受賞された大隅良典教授は、基礎科学が重要であることをマスコミにお話になった。こういう機会において、日本の基礎科学を担う国立大学法人の理学関係の責任者が、基礎科学が重要であることを主張すべきではないかということで、今回の声明発表に至った」と説明している。

また声明の内容について、東京大学理学系研究科長 福田裕穂教授は会見で「運営費交付金が削減され、人を減らさざるを得ないという状況に追い込まれている。どのようにして人を減らすかというと、定年退職した教員の後を埋めないという方法。これでは、若い人たちが雇用される機会が失われてしまう。大隅先生がノーベル賞を受賞したことをきっかけに、基礎研究の大切さと、国によるベーシックなお金のサポートの必要性、人の大規模な削減は避けてほしいということを伝えたい。今の基礎科学にお金を出すことは、将来の日本への投資だと考えている。その投資を今ここで切ってしまうと、サイエンスだけでなく、日本の新たな産業が発展できないような状況に追い込んでしまう」と語った。

以下、今回発表された声明の全文を掲載する(原文ママ)。

国立大学法人理学部長会議声明 ―未来への投資 ―

大隅良典先生のノーベル医学・生理学賞の受賞は、 昨年の梶田隆章先生のノーベル物理学賞ともども、まさに理学の目指す 基礎研究の成果です。大隅先生の受賞は 、理学の教育 ・ 研究に携わる私たちとして、大変嬉しく、また誇らしく思います。 昨年、梶田先生は、先生の研究は何の役に立つかと聞かれて、「知の地平を広げる」と答えられ、今年の大隅先生は、「『役に立つ』という言葉が社会を駄目にしている」と答えられました。これらの言葉は、理学研究の特徴を大変よく表しています。基礎科学は人類の生み出した文化であり、共有・継承すべき知的資産です。また、基礎科学は今すぐ社会の役に立たないかもしれませんが、いずれ役に立つと、私たちは確信しています。しかし、「役に立つ」を前提の研究からは、梶田先生や大隅先生のような誰も踏み込んだことのない新たな発見は決して生まれません。出口が見えないだけに基礎研究は大変難しいのです。研究者の未知のものに対する不断のアプローチが基礎研究の頼りであり、この不断のアプローチを続ける原動力が「好奇心」です。しかし、「役に立つ」研究推進の大合唱が、「好奇心」を持ち続けることを困難にさせ、「好奇心」を基盤とした基礎研究を委縮させています。特に、若い世代に対する影響は甚大で、基礎科学を目指す若手の急激な減少をもたらしています。

国立大学法人理学部長会議は、我が国の基礎科学研究を継承・発展させ、豊かな社会を形成するために必要な『知』の教育と研究を推進することによって社会に貢献することを目指して組織されています。私たちは、「基礎科学こそが、科学・技術の基盤であり、我が国の国力のもとであり、これなくしては、科学・技術の人類への貢献も我が国独自の産業の創出もおぼつかないのではないか」と考え、大隅先生のノーベル賞受賞を機に声明を出すことにしました。私たちは、現在我が国の置かれている困難な財政上の問題も十分理解した上で、未来への投資として基礎科学の推進を訴えます。また、基礎科学推進の基盤として重要な役割を果たしている運営費交付金が継続的に削減されている現状、その結果として教員が削減されている大学現場の危機を訴えます。

私たちが訴えるのは具体的には以下の3点です。

1. 基礎科学に対する理解と推進への支援をお願いします。

2. 基礎科学の推進のために、国立大学の運営費交付金は欠かせません。運営費交付金のこれ以上の削減は国の未来を危うくします。直ちにやめるべきです。

3. 国立大学の教育・研究の基盤になっている教員の削減は綿々とつながる知の鎖を断ち切り、教育力及び研究力を弱体化させます。教員数維持にご支援をお願いします。

国立大学の基盤経費として措置されている運営費交付金は、独創的な研究のシーズを広く探索するための原資となります。大隅先生の研究で言えば、顕微鏡を使って動く粒を観察する過程に当たります。この時期の研究は、研究者自身にとってもどのように展開するかわかりませんので、競争的資金で支援されることはありません。ましてや産業界からの支援はあり得ません。しかし、大隅先生の研究からもわかるように、この時期の研究が決定的に重要です。この10年間以上にわたり毎年1%ずつ行われてきた運営費交付金の削減が基礎研究の体力を奪っていることは明らかです。このままでは、10年後、20年後に日本からノーベル賞が出なくなることを懸念します。

運営費交付金の削減を受け、教員数はこの10年間で大きく減少しています。さらに、今年度からの第5期科学技術基本計画を受け、多くの国立大学で大幅な教員削減が提案されています。教員数の大幅な減少は、大学の知の継承と革新を損ないます。国立大学は明治以来、日本の教育・研究のスタンダードとしてそれぞれの地域から我が国の発展に寄与し、我が国の学術を支えてきました。この役割を堅持するためにも、これ以上の教員削減は避けるべきだと考えます。また、教員の削減は次世代の若手教育者・研究者の育成に対しても深刻な影響を与えます。大幅な教員削減を迫られている大学においては、定年で退職する教員を当分の間補充しないとしています。したがって、第5期科学技術基本計画中は若手教育者・研究者が多くの大学で採用されないという、本計画で謳っている次世代の若手研究者養成とは全く逆の事態を誘導しかねません。自分のキャリアが確保されないこの状況の中で、次世代を担う若手が人生をかけて研究に参入するとは思えません。

このように、大学だけでなく国にとっても事態はきわめて深刻です。大隅先生や梶田先生の研究で見られた、若手研究者が生き生きと未知のものに挑むためのポストも場所も資金も失われつつあります。未来への投資として、基礎研究の推進とその基になる、運営費交付金と教員ポストの確保を訴えます。