「第39回 日本神経科学大会」が7月20日~22日、パシフィコ横浜にて開催されている。大会初日となる7月20日に、注目される演題3テーマに関して記者発表が行われた。本稿では、それらの発表内容の概要について紹介する。

適度な空腹は学習記憶を上昇させる - ショウジョウバエの実験で明らかに

東京都医学総合研究所 学習記憶プロジェクト 長野慎太郎氏

これまでに、ショウジョウバエ(ハエ)を使った実験から、適度な空腹状態にすると記憶を保持する能力が上昇し、長期記憶が良くなることが明らかになっていた。今回、 東京都医学総合研究所 学習記憶プロジェクト 長野慎太郎氏らの研究グループは、適度な空腹は記憶保持能力を上げるだけではなく、記憶を獲得する能力、すなわち学習能力も上昇させることを新たに発見した。

同研究グループは、100匹のハエに対し、ある匂いと電気ショックを同時に与え、その匂いが危険であるということを学習させ、続いて、電気ショックなしで別の匂いを与え、それが安全であることを学習させるという「匂い連合学習」を行った。学習が行われていれば、同時に匂いを与えた際に、ハエは電気ショックなしの匂いを選ぶ。

この結果、学習スコアは匂い連合学習のトレーニング時間が長くなるにつれて上がっていくが、16時間絶食したハエは、通常飼育されたハエに比べて学習スコアがよくなり、短いトレーニング時間で効率的に学習できるようになることが明らかになった。一方、認知機能に重要な役割を担っているとされるドーパミンの受容体の発現量が通常よりも少ないハエでは、空腹にしても学習能力が向上しなかった。これは、空腹による学習能力の向上には、ドーパミンシグナリングの活性化が必要であることを意味している。

さらに研究グループは、ドーパミン神経を調べ、空腹のハエでは通常のハエよりドーパミンが多く放出されることを発見。適度な空腹によってドーパミンの放出量が上昇することにより、学習能力が向上することが示唆されたといえる。

空腹状態のハエでは、記憶中枢の神経細胞に投射するドーパミン神経からのドーパミン放出量が増加し、学習能力が向上。この結果、少ないトレーニング回数で高い成績を示すようになる

自閉症モデルサルの脳でシナプス「刈り込み」の異常を観察

国立精神・神経医療研究センター神経研究所 微細構造研究部 佐々木哲也氏

国立精神・神経医療研究センター神経研究所 微細構造研究部 佐々木哲也氏らの研究グループは、自閉症モデルサルを作製し、同サルにおいてシナプスの「刈り込み」が不十分であることを見出した。

ヒトの大脳皮質では、赤ちゃんから子どもの時期にかけてシナプス(神経結合)が急速に増えた後、大人になるにつれて減っていく、シナプスの「刈り込み」という現象が起こることが知られている。しかし、自閉症患者の脳では、同現象が不十分で余分な神経回路が残ってしまうために、スムーズな情報伝達が妨げられていると考えられている。

これまで自閉症の実験動物としてネズミが用いられてきたが、ネズミでは明確なシナプスの刈り込みが観察されない。そこで佐々木氏らの研究グループは、ヒトと同じ霊長類のコモンマーモセット(マーモセット)を用い、マーモセットの脳で「刈り込み」が起こっていることを確認。さらに、抗てんかん薬のひとつであるバルプロ酸という薬を、妊娠しているマーモセットに経口摂取させることで、自閉症の症状を示す霊長類モデルを作り出すことに成功した。

同研究グループは、同マーモセットを研究に用いることで、自閉症の新しい治療法の開発を目指していくとしており、現在は大脳皮質の遺伝子発現解析を進めているところだという。

左:コモンマーモセットの親子 右:シナプス「刈り込み」不全のイメージ。研究では、シナプスの指標としてスパインとよばれる小さな突起の数を調べた。自閉症脳では余分なシナプスがたくさんあってスムーズな神経伝達ができないと考えられる

ニホンザルの二足歩行時と四足歩行時の神経細胞活動の比較

近畿大学医学部生理学講座 中陦克己氏

近畿大学医学部生理学講座 中陦克己氏らの研究グループは、ニホンザルを二足歩行させ、そのときの神経細胞活動などを比較し、二足歩行に重要な脳部位を明らかにした。

ヒト特有の歩き方である直立二足歩行は、下肢運動と体幹姿勢が統合されることで実現している。大脳が傷害されると立ったり歩いたりする機能が損なわれることから、直立二足歩行に大脳が大きく関与していると考えられるが、大脳のどの部位にそのような高度な制御機能が備わっているのかは、明らかになっていない。

ニホンザルはヒトと相同な大脳皮質の機能を備えており、二足で歩くことができる。そこで同研究グループは今回、ニホンザルに無拘束の状態で二足歩行させ、そのときの運動、筋活動、神経細胞の活動を記録した。

この結果、空間や身体、バランスなどの認知情報を受け取りながら運動を司る「補足運動野」という脳部位が、歩くときの胴体と両足の協調的な制御に寄与することがわかった。したがって、歩行は大脳の認知機能に基づく運動機能であるといえる。

転倒と歩行障害、認知症の三者は相互に深く関連しており、同研究グループは、今回の成果について、それらの予防法と機能回復訓練法の発展・開発に貢献できるものと期待されるとしている。

無拘束ニホンザルの歩行運動:サルはウォーキングマシーンのベルト上で、餌を取りながら(中段)、四足歩行(上段)と二足歩行(下段)を繰り返し行う