東京工業大学(東工大)は1月19日、熱平衡状態から大きく離れた系の化学反応をコンピュータ制御できる「人工細胞型微小リアクター」の開発に成功したと発表した。

同成果は、東京工業大学大学院 総合理工学研究科 瀧ノ上正浩 准教授、杉浦晴香 技術補佐員、修士課程の伊藤真奈美氏、奥秋知也氏、お茶の水女子大学 森義仁 教授、千葉大学 北畑裕之 准教授らの研究グループによるもので、1月20日付けの英科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

細胞のような自己組織化的に機能するシステムは、熱平衡状態から大きく離れ、化学物質の供給や排出を伴う非平衡化学反応に基づいている。細胞のように微小なスケールでこのような化学反応を制御することは難しいが、近年「マイクロ流路技術」とよばれる非常に微小な液体を操作する技術でリアクターを構築し、化学反応を制御する試みが注目されてきている。しかし従来の方法では、外部から任意のタイミングで任意のコントロールを加えることや、反応状態の情報をもとにフィードバックをして制御するといった非平衡化学反応を精密かつ動的に制御することは困難だった。

同研究グループは、細胞が膜小胞によって物質を取り込んだり排出したりするエンドサイトーシスおよびエキソサイトーシスという現象に着想を得て制御理論を構築し、マイクロ流路技術を利用して人工細胞型微小リアクターを開発。同リアクターにより、細胞のように微小な水滴を電気的に融合・分裂させることで、微小水滴内外への反応気質の供給と反応産物の排出を、コンピュータで精密に制御可能とした。

また同リアクターを用いて、非平衡化学反応において最も特徴的な反応のひとつである「リズム反応」を自在に制御することにも成功した。リズム反応とは、化学物質濃度の増減が自発的に規則的なリズムを刻む反応で、反応基質の供給と反応産物の排出がうまく制御された環境でのみ発生するもの。代謝回路や体内時計などといった生命システムのさまざまな場面に見られる重要な反応であるため、同反応を制御できたことは、細胞内の生化学的な反応を含む、ほかの非平衡反応にも応用できることを示唆している。

今回の成果は将来的に、細胞を模倣した高機能な分子コンピュータや分子ロボットの開発、細胞状態のコンピュータ制御に基づくモデル駆動型の生命科学・医薬研究分野への応用などが期待されると同研究グループは説明している。

(a)人工細胞型微小リアクターの概念図。マイクロ流路に固定された「人工細胞型微小リアクター」に化学物質輸送用の微小水滴が融合と分裂を繰り返すことによってリアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を実現

(b)人工細胞型微小リアクターと化学物質輸送用の微小水滴の融合分裂の様子。電圧を加えることで融合が起こる (c)人工細胞型微小リアクター内で化学反応が起こり、溶液内のpHが増減する様子(リズム反応)。明るい状態はpHが高く、暗い状態はpHが低い