層状物質の物性がここ数年、関心を集めている。それに新しい可能性が加わった。層状物質の六方窒化ホウ素(hBN)の層間の隙間は、赤外線レーザー照射で縮められることを、産業技術総合研究所の宮本良之(みやもと よしゆき)研究グループ長と宮崎剛英(みやざき たけひで)研究グループ長らが、第一原理計算によるシミュレーションで理論的に示した。
層状物質の層間距離を制御しながら、隙間に取り込んだ化学物質の反応を調節するなどの新材料開発への貢献が期待される。赤外線レーザーの利用による層間距離の短縮は誰も思いつかなかったアイデアで、新理論はその突破口を開いた。中国の四川大学の張紅(ジャン ホン)教授、ドイツのマックスプランク物質構造・ダイナミクス研究所のアンヘル・ルビオ教授との研究協力で、3月19日付の米物理学会誌フィジカルレビューレターズのオンライン版で発表した。
炭素原子1個分の厚みしかないグラフェンなどの層状物質は、特異な電子物性や層間への物質の取り込みなどを利用して、高効率の光・電気信号変換デバイスや高感度センサーなどの幅広い用途が考えられ、層間距離に依存した電子物性の研究が進められてきた。しかし、層間距離を任意に制御する技術はこれまでなかった。
研究グループはシミュレーションで、レーザーによる層状物質の生成や改質方法の開発に取り組んできた。強度をコントロールした赤外線レーザー照射で、hBN原子層の格子振動の振幅を増大させ、層間距離の変化を計算した。hBNは層内にホウ素(B)と窒素(N)を含む化合物で、蜂の巣状の格子にホウ素原子と窒素原子が交互に並んだ構造の層が重なっている。
このような物質の層間引力は、ファンデルワールス力と呼ばれる弱い凝集力だが、赤外線レーザーで格子振動を励起すれば、ファンデルワールス力を増強する場合があることを見いだした。赤外線レーザーを照射し、その波長を1.4 µm(µmは千分の1mm)に調整すると、層の上下にホウ素原子と窒素原子が反対方向に変位する格子振動を誘起できた。ホウ素と窒素がそれぞれ正と負の電荷をもっているため、変位で層に分極が生じ、互いに平行な分極で引力が生じる。
この分極で発生するクーロン力は、hBNの層間距離を最大で元の距離の11.3 %も縮められることをシミュレーションで確かめた。従来の報告では、グラファイトに0.8µmの波長の圧縮パルスレーザーを照射すると、その層間距離が元の距離の6 %まで一時的に縮まることが報告されているが、今回のhBNの層間距離の縮みはそれを上回る。また、レーザーが強すぎると、照射中に電子励起が起きて、hBN層間の収縮を逆に妨げる効果があることもわかり、層間距離の収縮には、レーザー強度の適切な調整が重要であることを示した。
宮本良之研究グループ長は「赤外線レーザーは、層を剥がしたり蒸発させたりする分解に応用されてきたのに対して、われわれは層間の結合を強めるという新技術を提案した。実験で、この理論を裏付け、層間に取り込まれた化学物質の新規反応が層間距離の圧縮で起こる可能性を探りたい。ただ、シミュレーション通りの実験環境は難しい。レーザーと材料の両方の専門家が協力する必要がある。この研究で、熱的な効果のみが注目されていた赤外領域のレーザーの応用範囲は、格子振動の誘起へと広がるだろう」と話している。