化学反応の瞬間を捉えることは化学者の長年の夢だった。その夢がついに実現した。水溶液中の原子が結合して新しい分子が生まれる瞬間を撮影するのに、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の野澤俊介(のざわ しゅんすけ)准教授、佐藤篤志(さとう とくし)博士、足立伸一(あだち しんいち)教授らが初めて成功した。
図1. 分子動画による化学反応の追跡(概念図)。 |
X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA(さくら)」(兵庫県佐用町)でピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)以下の間に進行する化学結合に伴う分子の生成過程を直接観測して実現した。化学反応で何が起きているかをありのままに解析する一歩になる画期的成果として注目される。韓国の基礎科学研究院、韓国科学技術院、 理化学研究所、高輝度光科学研究センターとの共同研究で、2月19日付の英科学誌ネイチャーのオンライン版に発表した。
原子と原子の間隔は100ピコメートル(1ピコメートル=1兆分の1メートル)という極小サイズで、原子と原子の結合はピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)以下という極めて短い時間で進行する。化学者はこれまで、「ピコメートル」と「ピコ秒」という2つの「ピコ」の壁に阻まれて、フラスコの中で進行する化学反応を眺めながら、原子と原子が結合する瞬間を頭の中で想像するしかなかった。
研究グループは、水に溶けた金イオンに光を当てると、強い結合が生まれる過程に注目した。溶液中の金-金イオン間には、金イオン同士の親和性によって、緩い引力が生じている。特定の金化合物の金錯体は、この性質で分子同士が集合した状態になっている。この集合体に光を当てると、分子同士が結合し、複雑な構造変化を経て新しい分子が生成される。しかし、分子同士の結合が生成されるのは一瞬で、その後に起こる構造変化も非常に速く複雑なため、詳しいことは分かっていなかった。
分子生成の観測に必要な条件を満たす光源として、XFEL施設「SACLA」が供給する波長83ピコメートル、発光時間約10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)という最先端のX線ストロボ光源を利用して、水に溶けた金イオンに光を当てたときの反応を解析した。金錯体の集合体は、金イオン同士が折れ曲がった構造を持ち、弱い引力のため不安定に揺れているが、光を当てた瞬間に、金イオン間の距離は急激に縮まって強固な直線構造を取ることを突き止めた。この構造変化から金-金イオン間に化学結合が形成されて、新しい分子が誕生したことがわかった。
この後、この分子は3000ピコ秒後に、金錯体をもう一つ取り込み、さらに4分子が結合したテトラマーへと変化した。これは構造的に不安定なため、10万ピコ秒後には化学結合が消えて、元の集合体に戻ることも確かめた。光を当てた直後のピコ秒以内で起こる化学結合の形成過程についてはSACLAで測定し、ピコ~ナノ秒スケールの過程についてはKEK放射光施設(茨城県つくば市)のストロボX線で測った。
KEKの足立伸一教授は「シンプルで観察しやすい水溶液中の金イオンの反応で、まず突破口を開いた。超微細な空間精度とフェムト秒の時間分解能でX線散乱の測定ができるSACLAが威力を発揮した。この測定は世界中でもSACLAしかできない。ほかの化学反応でも測定を重ねて、一般原理を見いだすのが課題だが、われわれはこの研究でその一歩を踏み出した」と話している。
- 弱い引力で形成された集合体では金イオン同士は折れ曲がった構造を持つ(S0)
- 光励起直後、金イオン間に強い化学結合が生成され、金-金間結合距離は減少し直線状の構造を持った新しい分子が生まれる(S1)
- 1.6ピコ秒後、さらに金-金結合間距離が短い構造に変化する(T1)
- 3000ピコ秒後、金錯体をもう一つ取り込んでさらに新しい構造を持つ分子が生成される(tetramer)。10万ピコ秒後には化学結合は消失しての元の集合体(1)に戻る