カーボンナノチューブ(ナノチューブ)による透明導電膜の導電性の長期安定性を飛躍的に改善する新技術を、産業技術総合研究所(産総研)の周英(しゅう えい)研究員らが開発した。この膜は、金属ハロゲン化物のヨウ化銅のナノ粒子を薄膜内で成長させて、ナノ粒子とナノチューブがつなぎ合わさったハイブリッド構造で、柔軟な導電部材としてタッチパネルやセンサー、太陽電池などへの応用が期待される。島田悟(しまだ さとる) 主任研究員、阿澄玲子(あずみ れいこ)研究グループ長、斎藤毅(さいとう たけし)研究チーム長らとの共同研究で、2月9日に米科学誌カーボンのオンライン版に発表した。
現在、モバイル情報端末やタッチパネル式パソコンなどの透明電極材料として主に使われている酸化インジウムスズ膜は、希少金属のインジウムを用いており、資源の枯渇や国際情勢に依存した供給の不安定性が懸念されている。また、もろくて、曲げに弱いため、曲げたり折りたたんだりしても使える次世代の柔軟な透明導電材料が待望されている。
産総研は2006年、単層ナノチューブの量産、高品質化、直径制御などができる方法を開発した。13年には、セルロース系高分子の溶剤に分散させたインクを用いてプラスチック基板上に均一な単層ナノチューブ塗布膜を作製し、パルス光焼成の後処理で透明導電膜を作った。それらの成果を基に、研究グループは今回、ナノチューブ透明導電膜の実用化の障害となっていた導電性の長期安定性を飛躍的に向上させることに成功した。
ナノチューブはグラファイトを筒状に丸めた構造で、柔軟な炭素材料でありながら、導電性が極めて高いが、その薄膜の導電率はナノチューブ間の接触抵抗が影響して、単独のナノチューブに比べると大幅に劣る。薄膜の導電性を高めるには、酸化剤の硝酸などを少量加える「ドーピング」がよく用いられるが、長期間大気中に保管すると、揮発性分子がドーピングした薄膜から徐々に遊離して、導電性が低下して、耐久性が課題になっていた。
研究グループは、硝酸のドーピングの代わりに、ヨウ化銅の薄膜を真空蒸着法で単層ナノチューブ薄膜の上か下に重ねた。これに数100ミリ秒のパルス幅の光を照射して温度を急激に上げ下げすることによって、ヨウ化銅を薄膜内ナノチューブの網目の中に移動させて透明導電膜を作った。透過率85%にシート抵抗60Ω/□という、ナノチューブ膜として世界最高レベルの透明性と導電性を達成した。
原子間力顕微鏡で観察すると、ヨウ化銅のナノ粒子は主に、2本以上のナノチューブが交差する場所に位置していた。ナノ粒子がナノチューブ同士の接触を強めて、高い導電性を保持している可能性が示された。さらに、室温、大気中で保管した際の導電性の経時変化を測定した。硝酸でドーピングした従来のナノチューブ透明導電膜は、作製直後に急激なシート抵抗の上昇がみられ、その後も徐々に値が上昇するが、今回の透明導電膜は抵抗値を長期間保持した。ナノ粒子は大気にさらしても揮発しないため、安定とみられる。
周英研究員は「ナノチューブ透明導電膜を用いた有機薄膜太陽電池を開発していて、偶然、不思議なハイブリッド構造の材料を作製できた。ナノ粒子材料の種類や光処理の条件を最適化して、この薄膜の導電性と透明性をさらに向上させたい。全工程を塗布や印刷などで簡単、より安価に作製できる方法も確立して、タッチパネル、センサー、太陽電池の電極、ウェアラブルエレクトロニクスなどへの幅広い用途の開発を探っていく」と話している。