海洋地球化学に新しい突破口が銅の分析で開けた。最新の重金属元素の分離手法を駆使して、世界各地の海水中に溶存した銅の同位体比(65Cu/63Cu)の精密測定に、京都大学化学研究所の大学院生の高野祥太朗(たかの しょうたろう)さんと宗林由樹(そうりん よしき)教授、海洋研究開発機構高知コア研究所(高知県南国市)の谷水雅治(たにみず まさはる)主任技術研究員らが成功した。

図1. インド洋(上)、北西太平洋(中)、北東太平洋(下)の各海域での銅濃度深度分布(左図)と、銅同位体比(青線)およびAOU(みかけの酸素消費量・黒点線)の相関関係(右図)(提供:海洋研究開発機構、京都大学)

図2. 深層水での銅同位体比とAOU(みかけの酸素消費量)との相関。沈み込んで間もない大西洋の深層水では、重い同位体(63Cu)に対する軽い同位体(63Cu)の割合が比較的高いため、65Cu/63Cu同位体比は小さいが、インド洋、太平洋の順に同位体比が上がっていき、これは深層水循環に伴う海水のみかけの酸素消費量(AOU)とよく相関していることがわかった。(提供:海洋研究開発機構、京都大学)

太平洋やインド洋の銅同位体比の鉛直分布と海水の年齢が相関していることを初めて見いだし、微量重金属の同位体比が地球の海洋循環をたどる化学トレーサーになる可能性を示した。この研究は地球規模で海洋の微量元素と同位体分布を探る国際プロジェクト「GEOTRACES」の一環として実施された。京都大学大学院理学研究科の平田岳史(ひらた たかふみ)教授との共同研究で、12月5日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。

環境中に放出された物質は大気や水圏を経由して最後は海にたどり着く。このため、海洋は地球環境の変動を知るのに重要だ。各元素がどのような経路で海にたどり着いたのかを知る指標として同位体比がある。その同位体比を指紋のように利用できれば、元素の放出源がわかる。しかし、重金属元素は海水中の濃度が極めて低く、同位体比の変動もごくわずかで、精密な計測が難しかった。

研究グループは、海水中に多く含まれて、銅の精密測定の邪魔になるナトリウムやマグネシウムをあらかじめ除去して、高知コア研究所にある世界トップレベルのICP質量分析装置で、銅の同位体比を計れるようにした。その手法で、日本の海洋調査船などが2008~12年に東太平洋、西太平洋、インド洋、北大西洋の各海域で採取した海水中の銅の同位体比を分析し、銅同位体比の鉛直分布を調べた。

分析の結果、銅の65Cu/63Cu同位体比は、表層から1000~2000mの深層で約0.03%高くなっていることを初めて突き止めた。表層海水の銅同位体比は、雨水や河川水が強く反映しているのに対し、深層海水では、海水中に溶けていた軽い同位体(63Cu)がマリンスノーなどの沈降粒子へ優先的に吸着し、溶存状態から除去されるため、徐々に軽い同位体(63Cu)の割合が下がっていくためだ、と研究グループはみている。

次に、この軽い同位体(63Cu)が2000mより深い深層海水中に占める割合を大西洋、インド洋、太平洋で比較した。大西洋が最も高く、インド洋、太平洋の順に下がっていることがわかった。この傾向は、海水の溶存酸素濃度から求められる「みかけの酸素消費量」とよく相関していた。みかけの酸素消費量は、大西洋北部や南極周辺で冷やされた表層水が重くなって潜り込み、約2000年をかけて地球を一周する深層水が古くなれば増えるので、深層水の年齢の目安になる。このため、複数の海域から採取した海水中の銅の同位体比は、その海域の深層大循環の履歴を示す化学トレーサーとなる可能性が浮かび上がった。

海水中の微量金属元素は、海底のマンガンクラストやマンガンノジュールに最終的に濃縮され、長い年月をかけて次第に成長していく。そうした海底鉱物の表面から深部に過去の海水の記録を保存している。この手法で、数百万年以上も前の太古の海洋での海水循環を解明できる可能性も将来はあるという。

研究した高野祥太朗さんは「海水中の銅の同位体比を精密に計る方法の開発に苦労した。測定結果は地球化学の豊かな情報を含んでいた。重金属元素同位体比の精密測定は世界的に黎明期で、今後、対象をニッケルや亜鉛などほかの重金属元素の同位体に広げたい。重金属の同位体比は海洋などの物質の循環を探るのに役立つだろう」と話している。