ロンドンにおける空前の日本食レストラン・ブームの追い風に乗り、日本の"国酒"である日本酒もこの街で大きな注目を浴びています。ロンドンのレストランでおいしい冷酒を飲んで以来、日本酒に魅了されたというオリバー・ヒルトン=ジョンソン(33歳)さん。大学卒業以来さまざまなキャリアに挑戦してきたオリバーさんですが、大の日本酒好きが高じて独自に緻密な勉強を重ね、2012年にとうとう日本酒の輸入会社「テング・サケ」を立ち上げました。日本酒の啓蒙活動なども精力的にこなし、今ロンドンの日本酒業界で話題になっている人物のひとりです。

オリバー・ヒルトン=ジョンソンさん/イギリス・ロンドン在住/33歳/イギリスを拠点とした日本酒の輸入会社「テング・サケ」代表

■これまでの仕事の経緯を教えてください

大学では、ITとビジネス・マネジメントを専攻し、卒業後は銀行に就職しました。1年在籍しましたが、仕事に楽しみが見いだせなかった(笑)。昔からクリエイティブなことが好きだったので、どうも銀行の環境になじめなかったんです。それで、小さい頃から好きだった演劇を極めようと、イギリス名門のアクティング・スクールの大学院に1年通いました。その後3年半は、劇場を中心とした役者として、イギリス内、またアメリカなどをツアーしていました。

2008年に起こったリーマン・ショックを受け、役者業に終止符を打ち、ロンドンの科学博物館に勤務。その頃から日本酒を積極的に飲み、独自に勉強を始めました。日本食レストランに行ってはさまざまな種類のお酒を飲み、日本食材店で四合瓶を買っては、丁寧にテイスティング・ノートに記録しました。そんなことしているうちに、自分で日本酒を輸入して、この素晴らしいお酒を1人でも多くのイギリス人に広めたいと思うようになりました。その後長い間リサーチを続け、取引をしてみたい蔵元を厳選。博物館を退職して、2011年の夏に日本の蔵元を自分の足でまわり、実際蔵元と酒を酌み交わし、大和川酒造(福島県) 、三千盛(岐阜県)、辻本店(岡山県)、林本店(岐阜県)、吉田酒造(福井県)の5蔵と契約することができました。後の2012年には、念願の会社「テング・サケ」をスタート。昨今のロンドンにおける"サケ・ブーム"に乗り、売り上げは順調に伸びています。

■現在のお給料は以前のお給料と比べてどうですか?

ほんの2年前に自分の会社を立ち上げ、最初の荷がイギリスに到着したのが翌年の5月でしたから、まだまだビジネスの初期段階。今までのお給料よりも収入は減っていますが、日本酒のビジネスは、間違いなく大きなポテンシャルがあると思います。

■今の仕事で気に入っているところ、満足を感じる瞬間は?

食のイベントなどにブースを出し、日本酒を飲んだことがない人にいろいろ説明する、そのコミュニケーション自体がとても好きです。また、レストランにも日本酒を卸していて、いくつかのレストランは自分に日本酒のリスト作りを任せてくれたりする。そういったレストランオーナーとのコラボレーションも、とてもやりがいがあります。

ブリティッシュ・サケ・アソシエーション主催の日本酒のイベントで、レクチャー後に日本酒をサーブするオリバーさん

■逆に今の仕事で大変なこと、嫌な点は?

嫌なことは、ほとんどないです。ただ、日本酒はウォッカのようにアルコール度が50%前後あり、お燗して飲むものと思っている人もまだまだいます。特に50~60代で高価なワインを長年飲んできたようなイギリス人は、あまり冒険をしない。そんな人たちには、お酒にまつわるいろいろなストーリーを話すことから入っていきます。例えば、女性の蔵元が醸すお酒とか、中世から伝承されている製法で作られているとか、10年ものの古酒とか…。そうすると、より多くの人が日本酒に興味を持ってくれます。

■ちなみに、今日のお昼ごはんは?

時間がある時は日本酒とのペアリングを考えなから、よく自分で料理します。今日はシンプルにスズキをバーベキューし、辛口で有名な岐阜のお酒「三千盛」と合わせてみました。日本酒は、日本食以外の料理もよく合います。例えば、メキシコ料理。サワークリーム、ワカモレやチーズなどさまざまなフレーバーが同居するファヒータには、フルボディで酸味が多い、フルーティーでない吟醸系のお酒が合います。

塩を振って数時間おいたスズキをシンプルにバーべキュー。ガーリック、ケッパー、パセリ、ミント、アンチョビなどを入れた自家製のグリーン・サルサ・ソースとともに

■日本人のイメージは? あるいは、理解し難いところなどありますか?

大学に入学する前に、ギャップイヤー(大学合格後、入学までに休学期間をとりボランティアや旅行などで見聞を広める、英国で始まった制度)を1年間とり、北海道の洞爺湖の近くで、英語を教えたり、病院でボランティアをしていました。それ以来日本には機会があればよく行きます。日本人は一般的に、とてもフレンドリー。たとえ道に迷っても、丁寧に道順を教えてくれる。でも、ダイレクトにものを言わないことがよくありますね。時折、何が本心なのか分からなくて戸惑うこともあります。

■最近TVやラジオ、新聞などで見た・聞いた日本のニュースは何ですか?

ジャパン・タイムズや朝日新聞の英語版などは、時折目を通しています。気になるのはやはり、日本酒にかかわるようなニュース。日本酒作りにおいて、最高級のお米とされる「山田錦」のとれ高などはとても関心がある。また、最近日本産の和牛がヨーロッパで解禁になったことは、とてもうれしいことです。和牛は世界で最もおいしいビーフですから…

■休日の過ごし方を教えてください。

5年前から居合道をはじめ、毎週2~3回はロンドンの道場に通い、イギリス人の先生のもと稽古をしています。現在3段です。居合道とは、全ての動きに意味があり、無駄な動きが全くない。極めれば極めるほど、時間がゆっくりと流れるように感じられる武道で、居合道の稽古はとてもメンタルなものだと考えています。

■将来の仕事や生活の展望は?

カスタマー・サポートをさらに充実させて、ビジネスを地道に拡大していきたい。来年は、1月と3月に日本に行き、ある蔵元で酒作りを2週間体験してくる予定です。また、現在5蔵と契約し、それぞれ5銘柄、トータルで25銘柄を扱っていますが、今後は個性的な蔵を開拓し、取り扱い銘柄を広げていきたいと思っています。

福島県、大和川酒造店の佐藤彌右衛門さんとともに