タンパク質の化学反応の中に現れる分子の揺らぎを直接観測することに、京都大学大学院理学研究科の寺嶋正秀(てらじま まさひで)教授、大学院生の黒井邦巧(くろい くにさと)さんらが世界で初めて成功した。この観測によって、タンパク質の揺らぎが大きくなると反応するが、揺らぎが小さいと反応しなくなることを実証した。タンパク質反応に迫る基礎的成果として注目される。大阪府立大学の徳富哲(とくとみ さとる)教授、大学院生の岡島公司(おかじま こうじ)さん、東京大学の池内昌彦(いけうち まさひこ)教授との共同研究で、9月29日付の米科学アカデミー紀要のオンライン版に発表した。

図. 青色の光センサーであるタンパク質TePixDの揺らぎと反応の進行。10個結合したTePixDの分解は、光強度の反応条件による揺らぎの変化量で制御できる。(提供:京都大学)

生命活動を支えているのは、タンパク質などの生体分子の化学反応である。タンパク質の働きを理解するために、従来は「鍵と鍵穴モデル」が使われていた。これは、ちょうど鍵穴(酵素)に合致する鍵(基質)だけが反応するという考え方で、1894年に提案されてから、多くの人が使う標準モデルとなっている。

しかし、そうした考え方だけでは不十分な場合が近年見いだされている。タンパク質がきちんとした形を持たない「天然変性タンパク質」がたくさん存在することがわかってきた。タンパク質の形の安定性を高めると、かえって反応しなくなるというケースも知られ始めた。「反応するには構造がふらふらとしていることが必要」という揺らぎモデルが提唱されているが、反応中の揺らぎを観測する手法がなく、検証されていなかった。

研究グループは、圧力をかけたときにタンパク質がどれぐらい小さくなるかを示す圧縮率を時々刻々と観測して、反応中の揺らぎを追跡する手法を開発した。熱力学で圧縮率が大きいと、物体の揺らぎが激しいことが知られている。しかし、化学反応とともに変化する熱力学量を追跡する手法がこれまでなかった。研究グループは10 ナノ秒(1億分の1秒)ほどのパルスで光を出すレーザーを用いて、この圧縮率の時々刻々の変化を観測できるようにした。これで初めて、反応とともに変わる圧縮率、つまり揺らぎの追跡が可能となった。

この手法で、タンパク質反応の途中に現れる中間体で揺らぎがどのように変わるかを観測した。青色光を感知するタンパク質TePixDの反応中間体の揺らぎを測定し、反応中間体では揺らぎが実際に大きくなっていることを示した。さらに、レーザーの光強度の制御で揺らぎを小さくすると、反応が起こらなくなることを確かめた。この結果は、中間体で発生する揺らぎが反応を引き起こす駆動力として、反応過程に関与していることを裏付けた。

寺嶋正秀教授は「揺らぎという捉えどころのない量を、圧縮率変化として時々刻々と観測するために長年かなり苦労した。ようやく、タンパク質反応に対して観測することに成功し、短寿命の中間体における揺らぎ増大が反応を促すことを実証できた。タンパク質などの生体分子の反応と揺らぎの相関を研究することは、⽣命活動の本質の解明につながる可能性がある。生体分子の揺らぎという観点は、病気の治療法や新薬開発の新しい手がかりにもなるだろう」と研究の意義を指摘している。