カイメン(海綿動物)には多様な細胞毒性物質があり、それから抗がん剤なども開発されている。そうした特定の毒性物質を生産しているのは、カイメンに共生する細菌であることを、東京大学大学院薬学系研究科の脇本敏幸准教授と江上蓉子特任研究員、阿部郁朗(いくろう)教授らが発見した。6月30日の米科学誌ネイチャー・ケミカル・バイオロジーのオンライン版に発表した。
カイメンは最も原始的な多細胞動物で、岩などに付着して、ろ過した海水から有機物を摂取して生きている。高度な免疫系や物理的防御機構はないが、化学防御に使う抗菌活性物質や細胞毒性物質を数多く持っている。その中にはハリコンドリンBなど抗がん剤として実用化された物質も報告されている。しかし、それらが合成される仕組みはほとんどわかっていなかった。
研究グループは、相模湾に生息するチョコガタイシカイメンの細胞毒性物質カリクリンAの生合成遺伝子クラスターを取得し、その遺伝子配列をもとに生産者を探した。その結果、フィラメント状の細菌のエントセオネラが合成していることを突き止めた。しかも、興味深いことに、共生する相手のカイメンへの毒性を回避するためか、カイメンを気遣うように、毒性の低い前駆物質(細胞毒性物質となる前の段階の物質)を合成していた。
この前駆物質を蓄えたカイメンの組織がひとたび外敵によって傷害されると、傷害された部位だけで、前駆物質が脱リン化されて細胞毒性物質のカリクリンAが瞬時に生じることを確かめた。強力な細胞毒性物質カリクリンAを使うために、生産・貯蔵の際の毒性回避と化学防御時の毒性発現という、相反する要件を満たす巧妙な仕組みがカイメンと細菌の共生で存在していることがわかった。
研究グループの脇本敏幸准教授は「カイメンには数百種類の細菌を含むさまざまな遺伝子が混在しており、そこから遺伝子を探し出し、細胞毒性物質を合成する細菌を特定するのに苦労した。天然医薬品資源などの物質生産に秀でた細菌のエントセオネラは、培養が難しいが、今後の有効利用が期待できる。また、カイメンには多数の抗がん剤の候補物質があり、これらの生産者を探索する研究のモデルになるだろう」と話している。