電子は直接見えないのが従来の常識だったが、その振る舞いを日本のグループが世界で初めて直接捉えた。帯電したマウスの坐骨神経の近傍で電子が次第に蓄積する様子を電子線ホログラフィーで電場の乱れとして検出し、その電子集団の移動を可視化することに、東北大学多元物質科学研究所の進藤大輔教授と赤瀬善太郎助教、理化学研究所の会沢真二テクニカルスタッフらが成功した。

図. ネズミの坐骨神経の微細線維(青)周辺の振幅再生像。
時間経過とともに電子の動きに伴う電場の乱れが生じる。その赤色部が、微細線維の枝に囲まれた領域内の矢印の部分に明瞭に観察され、左右に動いている様子がわかる。
(提供:進藤大輔東北大学教授)

「理論で『場が大切だ』と説いたアインシュタインにこそ、このデータを見せたかった」と進藤教授は観察の科学史的な意義を語る。新しい研究分野を開拓し、身の回りのさまざまな電気現象の解明に道を開く大きな成果として注目される。5月12日付の米科学誌 Microscopy and Microanalysis オンライン版に発表した。8月に米国で開かれる顕微鏡国際会議の招待講演でも報告する。

現代の生活は、電子のさまざまな動きや流れを利用している。電子なしに現代社会は成り立たないが、多様な電子の振る舞いは光や音、熱などの発生で間接的に把握しているだけで、直接は見えていない。この壁を破るため、研究グループは、電子の波動性を利用した大型電子顕微鏡の電子線ホログラフィーを使い、電子の動きの可視化を目指した。今回、複雑な生体試料の帯電効果を利用して、電場の乱れを通して、電子が次第に蓄積し、集団的に運動する様子を初めて捉えた。

山梨大学の大野伸一教授から提供を受けたマウスの坐骨神経の微細線維を電子線ホログラフィーの振幅再生像で画像化した。振幅再生は、電子が動いている場合に、この動きによって電場が乱される領域を特定して電子の集団の動きを追跡する観察法を指す。坐骨神経の微細線維の枝にまとわりつくように、電子の集団が刻々と動いていく様子が観察できた。研究グループは、この電子の集団運動を、大きな炎(電子の集団)が地形や風向きによってゆっくり移動していく山火事にたとえている。

進藤教授は「電子が集団で動く領域では電場が揺れている。その現象を電子線ホログラフィーで捉えて、電子集団が生体の微細線維の枝の間を振動しているようにふわふわと動いている様子がわかった。不可思議な電子の動きを真横から捉えたのはこれが初めてだ。生体の複雑な構造の中で図らずも見えた。ある条件下で電子の動きが突然見えてきた時、『自然はすごい』と感動した。電子の動きが観測できるとなれば、ブラックボックスだった先端電子デバイスなどの解析も飛躍的に進み、高機能化につながるだろう」と話している。

この研究は、外村彰(とのむら あきら)日立製作所フェロー(1942~2012年)が執念を燃やした最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」の一環で、埼玉県鳩山町に間もなく完成する世界最高性能の超高圧電子線ホログラフィーを使えば、電子の振る舞いの直接観察はさらに発展すると期待されている。