名古屋大学(名大)は3月4日、脳の「後脳分節構造」に並ぶ、発生時期や形態がよく似ている「相同ニューロン」から構成される、歩行や遊泳などの運動に関わる神経回路を明らかにしたと発表した。

成果は、名大大学院 理学研究科 生命理学専攻の小田洋一教授、同・根木大輔氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月26日付けで「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

胚発生の過程で、脳は前脳・中脳・後脳(延髄)に分かれ、発生が進むとさらにそれぞれが分節(前後軸方向に繰り返し現れる区切りを持つ構造)化されていく。特に後脳は前後に7~8つの分節ができ、各分節はHox遺伝子などにより個性化され、それぞれに「網様体脊髄路ニューロン」などの固有のニューロンが生まれてくる仕組みだ。

原始的なヤツメウナギからフグまでの広範囲におよぶ魚類では、成魚でも網様体脊髄路ニューロンが後脳分節構造に従って整然と並んでいる。中でもキンギョとゼブラフィッシュでは、大部分の網様体脊髄路ニューロンが1つ1つ識別可能であり、隣り合う分節には形のよく似た形態学的相同ニューロンが存在することが明らかになっていた。

しかし、この分節構造に形の似たニューロンが繰り返し存在することの機能的意義は長い間わかっていない。また、網様体脊髄路ニューロンは動物の行動を制御するニューロンとして知られているが、動物行動の観点からも網様体脊髄路ニューロンは脳内でどのような回路を形成して運動出力を送っているのかもまったくわかっていなかった。

また私たちの後脳には、脊髄まで軸索を伸ばして歩行、遊泳などの運動をコントロールすると考えられている網様体脊髄路ニューロン群が後脳の分節構造に従って並んでいる。これまでに歩行や遊泳に関わる脊髄内の回路は中枢パターン発生器としてよく知られているが、そこに出力を送る脳内のニューロン回路もよくわかっていなかった。

今回の研究では、体長約10cmのキンギョが用いられ、逃避行動を引き起こす「マウスナー(M)細胞」と3タイプの後脳第4~第6分節に繰り返される相同網様体脊髄路ニューロン群とのシナプス結合が明らかにされた。キンギョは、最近モデル脊椎動物として注目されているゼブラフィッシュとほぼ同じ網様体脊髄路ニューロンを持っているが、比較的大きいため局所回路を破壊せずに複数のニューロンに同時に電極を刺入し記録することが可能だ。今回は、M細胞と第4~第6分節に存在する相同網様体脊髄路ニューロンに同時にガラス微小電極が刺入され、一方に電流を流して発火させた際の他方での応答が記録され、結合が同定された。

その結果、M細胞から背側に存在する発生の早い網様体脊髄路ニューロンには、M細胞と同じ側には抑制性の入力、反対側には興奮性の入力かあった。それに対して、発生の遅い腹側網様体脊髄路ニューロンには両側に発火を伴う強力な興奮性入力が記録されたのである。

これらの入力は、第4分節から第6分節まで細胞の形態学的特徴と相関のある入力が繰り返されていることが判明した。注目すべきことに、網様体脊髄路ニューロンの方からM細胞への結合は一切なく、M細胞と網様体脊髄路ニューロン間の結合はM細胞からの一方向性であることが明らかにされた形だ。このことは、M細胞の働きはほかの網様体脊髄路ニューロンに有無をいわせない結合様式だと解釈できるという。

さらに、結合が実際の逃避行動でどのような役割を果たすのかを推測するため、キンギョの逃避行動の時間経過と比較が行われた。キンギョ逃避行動は、最初にC字型に大きく屈曲するステージ1と、その後に推進力を発揮し刺激から遠ざかるステージ2に分けられる。

M細胞から後脳の背側「Dorsal」に存在する網様体脊髄路ニューロン「MiD細胞」への左右非対称な効果は逃避行動のステージ1に対応し、後脳の腹側「Ventral」に存在する網様体脊髄路ニューロン「Miv細胞」への長期間の効果はステージ2まで続いていることが明らかになった。このことから、後脳に早く生まれ、背側に存在するMiD細胞と遅く生まれ腹側に存在するMiv細胞では逃避運動で異なる役割を担っていることが示唆されたというわけだ。

これまでに動物の歩行や遊泳に関わる神経回路は魚類からほ乳類まで、脊髄内ではよく調べられているが、脊髄に司令を出す脳内の神経回路はほとんどわかっておらず、今回の研究で初めて明らかにされた。最もシンプルな脊椎動物であるサカナを用いた今回の研究の結果は、サカナだけにとどまらず、ヒトを含めたあらゆる脊椎動物の行動を生み出す脳内神経回路の原型となるものと期待されるという。

また、網様体脊髄路ニューロンはすべての脊椎動物に存在するが、ほ乳類や鳥類などのほかの脊椎動物では、ニューロンの数が多すぎて個々の細胞を識別できない。このキンギョを用いた実験系では1つ1つの細胞が固有の名前を持っており識別できるため、逃避行動をモデルとして運動に関わる後脳内の分節構造に展開される「機能単位(機能モチーフ)」(特定の機能を発揮する時に働くニューロンの一群)を細胞構成から明らかにすることができたとする。

後脳背側のニューロンが逃避の屈曲に、腹側のニューロンが遊泳に関わり、分節に繰り返される相同ニューロンは似た機能を発揮する機能モチーフを形成するという考えを提唱し、これは高等ほ乳類の大脳皮質の繰り返し構造であるコラム構造(大脳皮質の表面に垂直に並ぶ、似た性質の情報を扱う細胞が並ぶ円柱状の構造単位)にも通じ、脳の働きの一般原理となるかも知れないとした。

M細胞から背側網様体脊髄路ニューロンへののシナプス結合(左)と腹側網様体脊髄路ニューロンへのシナプス結合(右)。+:興奮性シナプス結合、-:抑制性シナプス結合