東京大学と科学技術振興機構(JST)は2月4日、オランダ・フローニンゲン大学との共同研究により、光合成によって二酸化炭素(CO2)だけではなく、空気中の窒素を窒素化合物に変換(窒素固定)できる藻類の1種「アナベナ」から、「明反応」において光エネルギーを集める役割(アンテナ装置)を果たすタンパク質複合体「フィコビリソーム」と、集めた光エネルギーを化学エネルギーに変えるタンパク質複合体「光化学系I超複合体」が相まって形成する超複合体(画像1)を単離し、これまで知られていなかったその役割と構造を解明し、同時にこの超複合体の形成に必須のタンパク質性因子も発見したと共同で発表した。

成果は、東大 大学院総合文化研究科 広域科学専攻の渡辺麻衣特任研究員、同・池内昌彦教授らの国際共同研究チームによるもの。研究はJST CREST 研究領域「CO2資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」における研究課題「構造と進化の理解に基づく光合成の環境適応能力の強化」の一環として行われた。

光合成は、藻類や植物が太陽からの光エネルギーを使って、空気中のCO2と水からエネルギーの元となる炭水化物を作る反応だ。この自然界で用いられているエネルギー変換の仕組みはクリーンで持続可能なエネルギーを生産できる技術であるため、その仕組みを明らかにすることが重要視されており、光合成の仕組みの解明や、人工光合成の研究が近年盛んだ。

この光合成は、光を必要とする明反応と必要としない「暗反応」からなり、さらに明反応は「光化学系I」と「光化学系II」の反応の組み合わせで進行する。光化学系Iはその強力な還元力でCO2を還元する電子やATP生産に働き、光化学系IIはその強力な酸化力で水を酸化して電子を取り出す仕組みだ。

また、光を集めるアンテナ装置がこれら2種類の光化学系に結合して、吸収した光エネルギーを効率的に2つの光化学系に伝える。光合成は外からくる光エネルギーによって駆動されるので、複雑な光合成システムの反応を効率よく進めるには、システムを駆動するエンジンに相当するアンテナ装置や光化学系の設計が重要になるというわけだ。

微細藻類や植物の光合成による物質生産は、クリーンで持続可能な生産技術として非常に注目されているが、今回の研究は微細藻類と植物に共通的な光合成強化の基盤として、重要な技術開発のポイントになる可能性を秘めているという。

今回の研究では、窒素固定型藍藻「ネンジュモ」の1種アナベナの細胞から、光エネルギーを集めるアンテナ装置の役割を果たすフィコビリソーム複合体(「フィコビリン色素」を結合したタンパク質複合体)と、集めた光エネルギーを化学エネルギーに変える光化学系I複合体から構成される超複合体の単離に成功し、この超複合体を用いてフィコビリソームから光化学系Iへのエネルギーの効率的な移動を示し、電子顕微鏡によってこの超複合体の詳細な構造が明らかにされた(画像1)。また、超複合体を構成するタンパク質の組成分析から超複合体形成に関わるタンパク質性因子「CpcL」が同定されたのである。超複合体の単離と解析は主に東大が担当し、超複合体の構造解析はフローニンゲン大が担当した。

画像1は、アナベナの糸状性の細胞と単離したアンテナ装置のフィコビリソーム複合体と光化学系I複合体から構成される超複合体の構造。アナベナの細胞が連なった中央にひときわ大きな細胞が窒素固定を行うヘテロシスト細胞だ。画像の背景は、電子顕微鏡による構造解析で明らかになった超複合体の分子イメージ。右下の分子モデル図は、3個の団子様のタンパク質がつながったフィコビリソーム(紫色から青色で示されている)と光化学系I(緑色で示されている)複合体とが結合した超複合体の構造モデルだ。黄色い矢印は、光エネルギーの伝達の流れを示している。

画像1。アナベナの糸状性の細胞と単離したアンテナ装置のフィコビリソーム複合体と光化学系I複合体から構成される超複合体の構造

これまで、藍藻や紅藻などの光合成生物は、クロロフィル(葉緑素)とカロテノイドと並ぶ重要な光合成色素のフィコビリンを用いて太陽光を吸収し、そのエネルギーを主に光化学系IIに伝える。これまでその仕組みはよく研究されてきたが、光化学系Iがフィコビリンから光エネルギーを受けとるエネルギー伝達の仕組みについてはよくわかっていなかった。

研究チームは、非常に穏和な条件で光合成膜を分画することで、これまで知られていなかったフィコビリソーム複合体と光化学系I複合体の超複合体を取り出すことに初めて成功し、光化学系Iに特化して光エネルギーを伝達するアンテナ装置の存在を実験的に証明することに成功した。今回の研究によって、光化学系Iと光化学系IIの2つを持つ光合成生物では、光化学系Iと光化学系IIのそれぞれに光エネルギーを伝えるアンテナ装置が存在し、そのバランスを調整する仕組みは普遍的であり、これによって効率的な光合成を実現していることが示された形である。

なお、アナベナは光合成によってCO2の固定と共に窒素固定も行う重要な環境生物で、窒素固定のために特殊な細胞「ヘテロシスト」を分化する。このヘテロシスト細胞では光化学系Iだけが働いて、窒素固定反応に必要な大量の「ATP(アデノシン三リン酸)」を供給している。ATPは高エネルギー物質で、ヒトを含めた地球の全生物の働きに必要なエネルギーを供給する、「エネルギーの通貨」などといわれる物質だ。

また今回の実験では、硝酸を与えないで、アナベナが窒素固定をする条件では超複合体の量とサイズが増加することも見出された。アナベナの窒素固定反応だけを利用して窒素化合物を作らせたり、本来の反応の代わりに水素を発生させたりする研究も盛んに行われているという。今回の成果は、これらの研究開発に直接応用できる可能性があるとする。また、光化学系Iによって供給されるATPエネルギーを必要とするさまざまな生物機能の強化に応用できる可能性もあるとした。

ちなみに先行研究では、光合成の光エネルギーを光化学系Iと光化学系IIの間で短時間で再配分する仕組みも知られている。これは、自然環境での刻々と変動する太陽光の変化に応じて光合成を素早く調節する仕組みであり、光合成の明反応のバランスがくずれたときに生じる「光ストレス」の回避に重要だ。

一方、今回発見されたタンパク質性因子のCpcLによる超複合体の量の調節はゆっくりとしたもので、先行研究で明らかにされた仕組みよりも長い時間スケールで光合成のバランスを調節する仕組みだという。この超複合体の量はCpcLタンパク質の量だけで決まっている可能性が高く、CpcLタンパク質の発現量を人為的に操作することによって、光合成の明反応のバランスを改変して、特定の光合成反応を強化した光合成生物を創り出し、光合成を利用した物質生産の強化が可能になると期待されるとしている。