東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)は1月30日、東京大学総合研究機構、英ヨーク大学物理学科との共同研究により、スーパーコンピュータによる計算と元素識別可能な分析装置(電子エネルギー損失分光器)を搭載した「超高分解能走査透過電子顕微鏡」を駆使して、セラミックスの1種である「酸化マグネシウム」内の結晶の欠陥構造を設計・制御し、原子レベルでまったく新しい超構造を作りだすことに成功したと発表した。
成果は、WPI-AIMRの幾原雄一教授(東京大学大学院 工学系研究科 総合研究機構教授、財団法人ファインセラミックスセンターナノ構造研究所主管研究員併任、京都大学構造材料元素戦略研究拠点教授を併任)、王中長 准教授、斎藤光浩助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間1月30日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
セラミックスは、金属や酸素など複数の種類の原子が結びついた構成で、陶器から耐熱材料や電子部品まで幅広い用途で利用されており、金属材料同様に実用的に用いられている材料だ。しかしセラミックスが金属材料と異なる点は、まずそれに含まれる原子の種類の多さや結合状態(イオン結合性や共有結合性)に起因して、大変複雑で独特な結晶構造を持つことが挙げられる。
また、原子の種類や割合(組成)を変えることによって、例えば、「絶縁体のように電気が流れない状態から金属のようにスムーズに電気が流れる状態への変化」のように、金属材料では不可能な特性(電気や熱、光の伝わり方など)の自在な制御が可能になりつつあり、セラミックスは学術と工学の両面から新たな展開や領域開拓、その体系化が期待されているところだ。
セラミックスにおいて、結晶構造の欠陥は特に重要であり、透明導電性やイオン伝導性、超伝導性などの優れた電気特性(電気の流れやすさ)の観点から活発に研究開発が行われてきた。この電気特性は、セラミックス特有の複雑な結晶構造のわずかな変化(歪みや欠陥など)によって著しく変化する。逆に、歪みや欠陥を意図的に制御すれば、電気特性の向上、さらには新奇な特性の発現が期待できるというわけだ。
研究チームは、セラミックスの結晶の欠陥部である「転位」そのものに着目してきた。転位とは、原子の配列あるいは結晶格子の乱れが1つの線に沿って生じているものであり、結晶固体に外から引っ張りや圧縮などの力を加えると、ある程度以上大きい力に対しては、転位が導入され、変形を起こしたまま元に戻らない塑性変形を引きおこす。また、転位芯近傍では、本来の結晶とは異なる特有の構造や電子状態を形成している。
研究チームによれば、バルク結晶には存在しない構造を持つ転位そのものに、特異な物性が期待されるという(画像1)。これまで難しいとされてきた原子構造の人工制御は、界面上に規則配列した転位をターゲットとすることで、理論的にも実験的にも取り扱い易くしたことで可能になりつつある。
このような超構造を固体内に閉じ込めることができ、デバイスへの応用の容易さやハンドリングの良さだけでなく、学術的にも固体-量子構造の相互作用効果(電子やスピン制御)も期待できる段階に来ているという。さらに、量子構造を高密度に自己配列させることができれば、大容量化によってデバイスとして工業的な実用化も可能だとする。
画像1は、転位の構造。○印が原子、原子の列が切れている箇所を"逆T印"で示されているが、ここが転位であり、線状の格子欠陥だ。応力をかけて結晶を変形させるとすべり面に沿って転位が動き、結晶が変形する。すなわち、転位は変形や加工の源となる欠陥であるが、これまではその原子の構造が不明だったというわけだ。
今回の研究のねらいは、スーパーコンピュータによる大規模な構造モデル計算と最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡を併用することによって、最適なセラミックス材料の組み合わせや機能、安定転位芯構造を予測し、実験的に特別な機能を持ったまったく新しい超構造を原子スケールで作りだすことに挑戦することであった。そして、存在し得る欠陥構造をスーパーコンピュータで予測し、それとまったく同じ原子構造を忠実に結晶界面に集積させる実験に成功したというわけである。
なお超高分解能走査透過電子顕微鏡は、0.1nm程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察できる機能を持つ顕微鏡だ。
今回の研究では、スーパーコンピュータを用いた理論計算(第一原理計算)によって、酸化マグネシウムの接合結晶界面で形成される安定原子構造、電子状態を、さまざまな元素の組み合わせや結晶の接合面方位、接合角、終端原子面の極性、結晶並進対称性など、複数のパラメータを変えてシミュレーションが行われた。
画像2~6に示されているように、同じ結晶の等価な低指数面を1~2度ほど傾けて接合した「対称傾角バイクリスタル結晶界面」では、上下の結晶における格子のミスマッチを補正するために、転位が周期的に配列することが予測されるという。
スーパーコンピュータによるシミュレーションでは、画像7(および画像8)の3種類の転位芯構造が安定であることが見出された。また、それぞれの転位はバルクにはない特徴的な電子状態も所有おり、伝導性が付与できることもわかった。
この計算結果に基づいて、実際に結晶を特定の角度で切り出し、鏡面加工・洗浄後、高温で接合した。画像2~6は実際にバイクリスタル接合法を用いて合成された界面の透過型電子顕微鏡像であり、点状のコントラストの転位が規則的に並んでいることがわかる。これは1次元的に伸びる転位線を、その長手方向から見ている投影像だ。約10nm間隔の並びは、格子ミスマッチを補正するために、導入された転位の配列を表してる。
さらに倍率を上げて、転位1つ1つの局所原子構造を最先端の球面収差走査透過型電子顕微鏡で観察した。画像9の高角環状暗視野(HAADF-STEM)像からは、この予測に一致した転位芯構造をとらえることができているのが見て取れ、望みの原子構造を人工的に合成できたことが確認された。計算によると、それぞれの転位芯の持つエネルギーは、ほぼ等価であることがわかった。
画像7の左の画像では転位の中心に大きな空間「バーガースベクトル」を持った転位芯構造を持つのに対して、画像7の中・右の画像では、バーガースベクトルが小さな2つ転位に縦や横に分解している様子がとらえられている。このように計算で予測された転位構造の多形性が、実際に実験で確認されたことは、本分野において画期的な結果だ。なお画像10は、転位の模式図。
今回の研究では、物質の構成元素の識別が可能な超高分解能走査透過電子顕微鏡法とスーパーコンピュータによる大規模な原子構造計算を駆使して、転位芯構造を予測し、これに基づいてバイクリスタルを設計することで、固体内にまったく新しい超構造を創出することに成功した形だ。
特に、結晶界面上の転位に着目することで、理論的にも実験的にも取り扱えることが成功のカギであり、近年の超高分解能走査透過電子顕微鏡とスーパーコンピュータの技術革新との相乗効果によって、今回の成果に至ったとする。セラミックスにこれまで存在していなかったような転位芯構造を人工的に合成した画期的な結果だという。今後、今回の成果から転位制御によるセラミックス材料の高性能化に関する研究のさらなる進展が期待できるとしている。