九州大学(九大)は12月18日、低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換する機能を有する"フォトンアップコンバージョン"液体システムを開発したと発表した。

同成果は、同大大学院 工学研究院/分子システム科学センター(CMS)の君塚信夫主幹教授、楊井伸浩助教、段鵬飛CMS助教らによるもの。詳細は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載された。

フォトンアップコンバージョンとは、低いエネルギーの光を高いエネルギーの光に変換するエネルギー創製技術である。これまで活用できなかった低いエネルギーの光(近赤外光など)を高いエネルギーの光(可視光など)に変換できれば、太陽電池や水の可視光分解(水素エネルギー製造)をはじめ、太陽光の利用効率が飛躍的に向上する可能性があるため、活発な研究が行われている。フォトンアップコンバージョンの機構として、これまで多光子吸収などの非線形光学現象に基づく機構が知られているが、この多光子吸収を起こすためにはレーザ光(非常に強い励起光)を必要とし、太陽光などの自然光を用いることはできない。そこで近年、弱い励起光でもアップコンバージョン発光を観測できる三重項―三重項消滅(Triplet-Triplet Annihilation:TTA)を経る機構が注目を集めている。このTTA機構によるアップコンバージョンでは、ドナー(増感剤)、アクセプタ(発光体)として働く2種の色素分子を有機溶媒に溶解させる。まず、光を吸収して三重項励起状態となったドナーがアクセプタに三重項エネルギー移動する。これにより生じた励起三重項にある2つのアクセプタ分子が溶液中を拡散して衝突すると、そのうち1分子が三重項状態よりも高い励起一重項状態となり、この励起一重項状態から高いエネルギーの光を発する。

一方、このTTA過程を担う励起三重項状態は酸素により容易に失活するため、空気中ではアップコンバージョンが起こらないという致命的な欠点があった。また、揮発性の有機溶媒を用いるため、太陽電池などのシステムに応用することは事実上不可能だった。そこで、高分子(ポリマー)フィルム中にドナーとアクセプタを混ぜ込んで、その解決を図ろうとする研究もなされている。しかし、ポリマー中では溶液中に比べて分子の拡散・衝突が起こりにくいため、TTAの高効率化を図ることは困難だった。

今回、研究グループは、色素分子自体が液体であり、この液体分子間を三重項励起エネルギーが移動するという、新しいメカニズムに基づく高効率のフォトンアップコンバージョンを実現した。これは、従来の媒体(有機溶媒、ポリマー)に溶解した励起色素分子の拡散に基づく方法論と一線を画す機構である。さらに、この三重項エネルギー移動に基づくアップコンバージョンにおいては空気(酸素)が存在しても影響を受けず、空気中で作動することを明らかにした。

これまでの光アップコンバージョンシステム

今回の液体アップコンバージョンシステム

研究グループは、エネルギーを効率的に移動させるアクセプタ(発光体)分子として、液体状の色素に着目した。柔軟性の高い分岐アルキル鎖を色素分子に導入すると液体になることは古くから知られており、すでに市販の日焼け止めなどにおいて実用化されている。発光性の色素に柔軟性の高い分岐アルキル鎖を導入すると、液体(機能性液体)となる。この液体中では、色素が高密度に存在するため、溶液中に分子的に希釈した状態とは異なる特徴を示すことが期待される。そこで、研究グループは、アクセプタ色素にアルキル鎖を修飾した発光性液体を合成し、その液体中に溶解できるドナー色素を新たに開発した。アクセプタとしてはジフェニルアントラセンに分岐アルキル鎖を導入した分子性液体を用い、その液体中にドナー分子としてポルフィリン白金錯体にアルキル鎖を修飾した化合物を溶解させた。その結果、フォトンアップコンバージョンを示す液体分子システムを実現した。

(a)化合物1(アクセプタ)、化合物2(ドナー)の分子構造、(b)アクセプタ液体1の写真、(c)空気中でフォトンアップコンバージョンを示す様子。ここでは、緑色の入射光(532nm)が青色の発光(433nm)へと変換されている

今回開発した液体アクセプタ色素(黄)中における三重項エネルギー移動(ドナー(赤、増感剤)→アクセプタ)、三重項エネルギーマイグレーション(アクセプタ分子間)、三重項励起状態の衝突と、その結果得られる励起一重項状態からのアップコンバージョン発光の模式図

今回開発したドナー色素を溶解したアクセプタ液体は、緑色の光を当てると、青色の発光を示した。スペクトル測定においても、入射光(532nm)よりも高エネルギーの短波長側(433nm)にアップコンバージョン発光が観測された。これまで報告されているアップコンバージョン(有機溶媒中)においては、空気中に存在する酸素によって三重項励起状態が失活するために、厳密な脱酸素処理を施す必要があった。今回のアクセプタ液体を用いるアップコンバージョン分子システムでは、空気中においても強いアップコンバージョン発光が見られた。また、このアップコンバージョン発光は、100mW/cm2以下という比較的弱い励起光を用いても観測された。アップコンバージョン発光の効率(量子収率)は28%に達し、この値はこれまで報告されている無溶媒(高分子固体)系で報告されている最高値に匹敵する値だという。

今回、新たに開発したアップコンバージョン機構は、液体アクセプタ中において、三重項励起エネルギーが移動(マイグレーション)するというもので、従来の分子自体が溶媒中を拡散し、衝突する機構と異なる、新しいメカニズムである。この機構に従うことは、分子の拡散が抑えられる低温のガラス状態(固体)においてもアップコンバージョン発光が観測されたことから実証された。このように、液体アップコンバージョン分子システムは、単純な分子システムにもかかわらず、空気中においても高効率なフォトンアップコンバージョンを実現できる。溶液中における分子の拡散ではなく、エネルギーそのものを移動させるというコンセプトに基づく光アップコンバージョンを開拓したものであり、学術のみならず産業的にも大きな波及効果をもたらす成果だとしている。

液体アクセプタとドナーの組み合わせは数多く考えられることから、極めて汎用性のある手法である。アクセプタ分子の分子設計や、ドナー分子との組み合わせを変えることにより、さらにフォトンアップコンバージョンの効率を高めることができるものと期待される。仮に近赤外光を可視光に変換することや、可視光を紫外光に変換することが可能になれば、太陽電池や水の可視光分解(水素エネルギー製造)の効率を高めることにつながることが大いに期待されるとコメントしている。