総合研究大学院大学(総研大)は12月10日、女性の閉経前後に長い更年期が存在しその期間において数多くの不快な症状が引き起こされる進化的な理由を解明したと発表した。

同成果は、同大 大槻久 助教、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ生命科学のFrancisco ubeda上級講師、セントアンドリュース大学 生物学科のAndy Gardner准教授らによるもの。詳細は2013年12月10日発行のフランスの科学雑誌「Ecology Letters」に掲載された。

一般的に生物の中において、死亡を待たずに繁殖をやめてしまう種はまれで、ほ乳類の中ではヒトのほか、ゴンドウクジラとシャチだけだという。生物の進化では、より多くの子を残すことを可能にする性質ほど広まりやすいと考えられているため、閉経のように子を減らすことにつながる性質は、一見進化的には不利であるように思われるため、閉経が存在する理由を解明しようと多くの研究がなされてきた。

そうした研究の結果として、現在、有力な仮説の1つとして、高齢の女性が自分で子供を産むよりも、娘の子育てを手伝い、孫の成長や生存に貢献するほうが遺伝的な利益が大きいため閉経が進化したという「おばあさん仮説」がある。このようなおばあさんの存在は、子育てに不慣れな若い母親と、未熟な状態で生まれてくる乳児の生存率を改善する効率があったと考えられるためだ。

しかし、おばあさん仮説では、もし、閉経が子孫をより多く残すための進化の産物であるというのであれば、速やかかつ穏やかに閉経を迎える性質が進化しても良いはずなのに、閉経前後の約10年間に、体のほてりや動悸といった身体的症状、不眠や気分の落ち込みといった精神的症状に悩まされる、いわゆる更年期がなぜ存在するのかといった謎が説明できていなかった。

今回、研究グループは、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子の間の対立に注目し、2つの遺伝子が体内で対立を起こした結果として更年期の諸症状が現れるのではないかという予測を理論的に導きだし、その対立の起源がヒトの祖先の暮らしていた環境に由来する可能性があることを示した。

例えば、ヒトに最も近いと言われるチンパンジーでは、オスは生まれたグループで一生を過ごすが、メスは成熟するとグループを出ていく性質がある(メス分散型)が、これまでの研究から、ヒトの祖先においても似たようなメスが集団を出ていきやすかったという証拠が複数存在しているほか、配偶者を巡る競争においては、ヒトの祖先でも多くの動物同様、オス間の競争がメス間の競争よりも激しかったと考えられ、これにより、より身体が大きかったり、力が強いオスが多くの子孫を残していったことが考えられ、このようなメスに偏った分散パターンやオスにおける子孫の数の偏りにより、集団内の血縁関係において、父親由来の遺伝子を通じては近い親戚だが、母親由来の遺伝子では遠い親戚といった奇妙な歪みが生じることとなる。

メスに偏った分散パターンやオスにおける子の数の偏りがあった場合の集団内の血縁関係に奇妙な歪み。父由来遺伝子間と母由来遺伝子間で血縁の近さが異なるといった奇妙な状況が引き起こされる

研究グループが、この血縁関係の歪みが閉経タイミングにおよぼす影響を進化の方向を予測する理論モデルである「進化の数理モデル」を用いて理論的に調べたところ、実際の閉経前後において、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が逆の機能を発揮しようとする時期、いわゆる"更年期"が存在することが判明したという。

つまり、更年期より前では、娘が保持する両親由来の2つの遺伝子はともに娘に自ら繁殖するよう促し、更年期より後では、これら2つの遺伝子はともに娘に繁殖の終了を促すが、更年期では、遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする結果、2つの遺伝子は娘に対し相反する命令を出すこととなる。

具体的には、父親由来の遺伝子は、その遺伝子を共有する個体が周囲に沢山いるため、自らの繁殖を止め、そのような近親者の子育てを助けるために閉経を促す。しかし、母親由来の遺伝子は、その遺伝子を共有する個体が周囲にあまりいないことから、閉経して他者の子育てにするよりも自身の子孫を増やすことが優先され、繁殖の続行を命じるといった、「ゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)」の存在が挙げられることとなる。

研究では、これら2つの遺伝子が異なった命令を出した場合の帰結をゲーム理論モデルを用いて予測。その結果、2つの遺伝子の対立が原因となって女性ホルモン量が大きく振動するという結論を得たという(これまでの研究から、女性ホルモン量の不安定な乱高下が、更年期症状の一因であることは知られている)。

更年期は父由来遺伝子と母由来遺伝子が異なる命令を出すため、女性ホルモン量の乱高下が生じ、その結果、更年期の諸症状が引き起こされることとなる

また、女性の繁殖機能の維持に関わる遺伝子「GNAS1」は、突然変異により、その機能が失われると早発閉経が引き起こされることが知られているが、この遺伝子にもゲノム刷り込みがあり、下垂体や卵巣などの器官で母親由来の遺伝子のみが発現することが知られているが、この刷り込みパターンも理論的予測と合致するものだったという。

なお研究グループでは今回の成果について、進化医学における大きな発見の1つであり、この知見が、将来の遺伝子診断などによる更年期症状の予防医療への応用などにつながることが期待されるほか、不妊治療の新たな診断基準の開発につながることも期待されるとコメントしている。