東京大学(東大)は、微量のダイオキシンを投与された母ラットから生まれた仔ラットは成長後に、高次脳機能が阻害されることを示す結果を得たと発表した。
同成果は、同大 大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 健康環境医工学部門の遠山千春 教授、掛山正心氏、遠藤俊裕氏、張艶氏、宮崎航氏らによるもの。詳細は、「Archives of Toxicology」に掲載された。
環境・食品中に広く存在している残留性有機汚染物質の一種である「ダイオキシン」は、これまでの研究から、美病でもさまざまな毒性を持つことが分かってきている。
研究グループもこれまでの研究から、発達期に微量のダイオキシンの曝露を受けたマウスでは、さまざまな情報を統合する役割を持つ重要な脳部位である「前頭前皮質」の機能異常が生じる可能性を報告していた。しかし、、一般的に前頭前皮質の研究はヒトやサルを用いて行われることが多く、毒性試験で用いられるマウスやラットを用いて調べることは難しいとされていた。
そこで研究グループではそうした課題に対応するために、記憶学習研究の第一人者であるエジンバラ大学のリチャード・モリス教授と共に、ラットにおいて、前頭前皮質を使ってメンタル・スキーマ対連合学習を成立させる認知行動課題法「メンタル・スキーマ行動課題」を開発、今回、それを毒性試験への適用を試みたという。
実験では、ごく微量のダイオキシンを投与した母ラットから生まれた仔ラット(ダイオキシン曝露ラット)について、体内にダイオキシンがほとんど無い状態のときに、「メンタル・スキーマ行動課題」を行わせた。課題としては、フィールド上の定められた6カ所に各々風味の異なる餌ペレットを隠し、それをラットに覚えさせるというもので、ラットは1カ月程度のトレーニングで地図を学習し、どこに何味のペレットが隠されているのかを学習したという。
このトレーニングの結果、正解を探し当てるための手がかりとして、6種類のうちいずれかの風味の餌を与えると、ダイオキシンを曝露されていないラットは、ほぼ一直線に正解の場所に向かうことができるようになり、ラットがどの風味の餌がどの場所にあるかという過去の記憶を整理し脳の中に「メンタル・スキーマ」を構築できていることが確認された。一方、ダイオキシン曝露ラットは、何度トレーニングをしても、この学習が成立しないことが確認されたが、単純に餌の場所がどこかを覚えるような簡単な記憶課題の成績には異常がないこと、ならびに単純な餌の場所の記憶を保持しつづける能力にも問題が見当たらないことも確認されたという。
この結果について研究グループでは、微量の環境化学物質の体内への取り込みが、単純な記憶機能には影響の顕われない低レベルの曝露であっても、前頭前皮質機能を阻害し、高度な記憶学習機能に影響を及ぼすことを示すものだと説明しているほか、今回の結果は、そのままヒトには適用できるわけではないが、母体・母乳から体内に取り込んだ微量の化学物質が、子どもの高次脳機能の発達に影響を及ぼす可能性を示唆するものであり、今後より詳しく検討していく必要があるとコメントしている。
なお、今回確立された方法は、環境化学物質の健康リスク政策に資する科学的根拠を示すことができるため、今後、医薬品開発やその安全性評価にも活用される可能性があり、化学物質の安全性・危険性評価のための新たな高次脳機能解析手法としての活用が期待されるという。