東京大学は11月13日、帯広畜産大学との共同研究により、血液凝固阻害剤(血液が固まらなくなる薬剤)として一般的に用いられている化合物で、「硫酸化多糖類」の1種である「ヘパリン」が、マラリア原虫「メロゾイト」の表面に存在する複数のタンパク質に結合することで、強力な侵入阻害を起こすことを明らかにしたと発表した。
成果は、帯広畜産大 原虫病研究センターの加藤健太郎特任准教授(東大大学院 農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)兼任)、東大医科学研究所の小林郷介助教(当時・日本学術振興会 特別研究員)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、11月11日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
WHOの統計によると、熱帯熱マラリアは熱帯地域を中心に毎年2億人の感染者がおり、60~70万人もの死者が発生している、世界的にきわめて深刻な感染症だ。病原体である熱帯熱マラリア原虫は、ハマダラ蚊の吸血によってヒトに感染し、ヒトの血液中にある赤血球に感染して増殖する。同原虫はヒトの赤血球で増殖した後、メロゾイトと呼ばれる直径1~1.5μmの先端部が突出した小さな細胞として血液中に放出される。メロゾイトが再び新たな赤血球に感染することで、その数を爆発的に増やしていくという厄介な仕組みを持つのだ。
大阪大学が発祥防御効果72%という過去最高のワクチンを開発中だが、現在までのところ有効といえるワクチンは製品化できていない。とはいえ、多くの種類のマラリア治療薬は臨床応用されている。しかしそれも安心できない状況で、現在使われている主な予防薬、治療薬に対して、薬剤耐性マラリア原虫の出現が報告されており、さらなる予防薬、治療薬の開発が求められているところだ。
これまでに、ヘパリンなどのさまざまな種類の硫酸化多糖類がマラリア原虫の増殖を抑制することが培養実験や動物実験などから明らかにされてきた。ヘパリンは豚や牛の腸から分離・精製されている天然の硫酸化多糖類だ。安価で用いることが可能だが、デメリットとして強い副作用が懸念されている物質でもある。
そして硫酸化多糖類とは、糖類が長く結合した「糖鎖」と呼ばれる化合物の1種で、硫酸基と呼ばれる原子団が付加された構造を持つ。硫酸化多糖類の仲間にはヘパリンのほかにも「コンドロイチン硫酸」などの天然に存在するものや、人工的に硫酸基を付加した糖鎖などがある。
しかし、なぜ硫酸多糖類に増殖抑制があるのかは不明だった。硫酸化多糖類は構造が不均一であったり、抗凝固活性などの副作用を示すことがあったりするため、これ自体を薬剤として用いることが難しい一方で、原虫の増殖を抑制する仕組みが明らかになれば、同様の効果を示す低分子化合物の合成が可能になるため、仕組みの解明が必要とされているのである。
そこで研究チームはまず、硫酸化多糖類が実際にマラリア原虫メロゾイトの表面に結合するのかどうかを確かめるため、蛍光物質を結合させた硫酸化多糖類を用いて実験的に確かめることにした。ヘパリンを用いて調べたところ、メロゾイト表面の先端部に同物質が結合することが判明。メロゾイトの先端部には、赤血球表面分子と結合するためのタンパク質が存在しており、このタンパク質はメロゾイトが赤血球に侵入する際になくてはならないと考えられている重要な部分だ。
続いて、メロゾイトの先端部に存在する赤血球結合タンパク質がヘパリンに結合するかの確認が行われた。ヘパリンを表面に結合させた樹脂のビーズが用意され、まずはマラリア原虫の赤血球結合タンパク質を一度ビーズと混ぜることで、ヘパリンに結合するタンパク質を吸着・除去。残った原虫タンパク質が赤血球と反応させられ、赤血球に結合する原虫タンパク質の有無が調べられた。その結果、一度ヘパリンビーズと混ぜることで、赤血球に結合する多くの原虫タンパク質が取り除かれたことから、赤血球にもヘパリンにも結合する原虫タンパク質が多数存在することが判明したのである。
このような性質を持った原虫のタンパク質を見つけ出すため、ヘパリンを結合させた樹脂を充填したカラムが用意され、メロゾイトを多く含むマラリア原虫の培養液から抽出したタンパク質がカラムに吸着させられ、吸着させたタンパク質の種類が調べられた。
その結果、「Duffy binding-like(DBL)」タンパク質ファミリーや「reticulocyte binding-like(RBL)」タンパク質ファミリーに属する複数の分子が同定されたのである。これらは、メロゾイトの先端部に存在しており、赤血球との結合に重要な役割を果たしていることが知られている分子だ。
こうした結果から、ヘパリンを初めとする硫酸化多糖類は、メロゾイトの先端部に存在する赤血球結合性タンパク質群に結合することで、メロゾイトと赤血球との結合を阻害しており、その結果、メロゾイトが赤血球に侵入できなくなっていることが示唆されたのでる。下の画像は、それを模式化したものだ。
画像について触れると、左側は、メロゾイトが侵入する際、ヘパリンなどの硫酸化多糖類がメロゾイトの先端部に結合することを表している。そして右側が、メロゾイトの先端部を表したものだ。侵入時に赤血球表面分子に結合する分子群が存在するが、この内DBLおよびRBLタンパク質ファミリーに属する多くの分子にヘパリンが結合することが今回判明した。そのため、ヘパリン存在下ではメロゾイト先端部と赤血球との結合が起こらず、メロゾイトは侵入することができないというわけである。
ヘパリンをはじめとする硫酸化多糖類のように複数のタンパク質と結合することができる分子やこのような機能を備えた薬剤は、耐性原虫の出現リスクが理論上低いと予想されるため、とても有望な薬剤標的であると考えられるという。今後、ヘパリンなどの硫酸化多糖類の構造を基に、複数の赤血球結合性タンパク質に結合する化合物の探索を行っていくことで、硫酸化多糖類よりも低分子で均一かつ副作用が少なく、薬剤耐性原虫の出現リスクも低い、新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待されるとした。