北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は10月15日、超高速かつ簡便な遺伝子診断のための新手法の開発に成功したと発表した。
成果は、JAIST マテリアルサイエンス研究科の藤本健造教授、同・坂本隆助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月2日付けでアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
生命の設計図である遺伝子は、たった1つの塩基対の違い、つまり「1塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)」から、異なる表現型を示すことが知られている。例えばSNPを調べることで、国産か外国産かといった食品の品種を決定することが可能だ。よって、最近問題となっている食品の偽装表示を取り締まる有効な手段の1つにもなっている。
一方で、アルコールの代謝活性(お酒の強さ)などは、「アルデヒドデヒドロゲナーゼ」遺伝子のSNPに依存することが知られており、逆をいえば、このSNPを調べることで「お酒の強さ」を調べることが可能だ。こうした「SNP解析」はガンなどの疾患リスクの定量化などにも使え、安心・安全な生活を送るための有効なツールとなりつつある。
しかし、現時点におけるSNP解析の主流な「DNAチップ」を用いて、蛍光標識した検体DNA溶液を添加し、洗浄することで、検体に含まれる数万種類の相補的なDNA断片を同時に検出することができるという手法は一度に多量のSNPを同時解析できるというメリットがある反面、操作が煩雑で、大掛かりな装置が必要となることが課題となっている。しかも解析にかかる時間も長く、医療機関や保健所、農業試験場などの「現場」で日常的に用いることが困難なのが現状だ。
そこで研究チームは今回、チームの藤本教授らが開発した、DNAの2重鎖形成速度を著しく加速することができる「光クロスリンク法」を応用し、「SNP解析」における操作の簡素化、および解析時間の短縮を可能とする新たな手法の開発を目指したのである。
まずはじめに、1秒のUV光照射によって、相補的な2本のDNAを極めて強固に100%結合させることができる光反応性の化合物「DNA光クロスリンカー」を導入した3種類の「蛍光性DNAプローブ」が合成された(画像1・2)。蛍光性DNAプローブとは、相補的なDNA断片が存在する時のみ蛍光性を示す人工DNAのことである。DNAチップと異なり、溶液中のDNA断片を検出できることから、洗浄操作の必要がなく、簡便な操作でDNAを検出することが可能だ。
そして今回はコメの品種鑑定を行うこととし、合成した3種類の蛍光性DNAプローブに品種の異なる4種類のコメ(アキヒカリ、ニホンバレ、センショウ、コシヒカリ)由来の遺伝子を混合。続いて1秒間のUV光照射が行われ、その後に緑色LED照明下で観察すると、各品種のSNPに応じた蛍光発光パターンが示されたというわけだ(画像3)。
このことは、遺伝子サンプルに蛍光性DNAプローブを混合し、1秒間UV光照射を行うだけで4種類のコメの品種鑑定が可能であることを示している。特別な装置を必要とせず、操作が簡便で、通常3~12時間程度かかるDNAチップ法に比べ極端に所要時間が短い(DNAチップ法の1万分の1程度)ことから、医療機関や保健所、農業試験場などの「現場」で用いやすいといえるだろう。
また同時に、この光クロスリンク反応の詳細を明らかにするために、速度論的解析やNMRによる構造解析も行い、光活性反応種の同定にも成功した(画像4・5)。DNA光クロスリンカーのさらなる改善の礎となる基礎的かつ学術的に重要な知見を得ることに成功した。
光クロスリンク反応における活性種の同定結果。 画像4(左):NMRによる構造決定時のスペクトル。 画像5(右):NMRによる構造解析結果。考えられる2つの構造の内、片方だけが反応に関与することが明らかとなった |
今回開発された技術を用いることで、超高速かつ簡便に遺伝子SNP解析が可能となる。これにより、遺伝子改良作物や食品偽装などの「食物リスク」を「現場」で管理して対処できるようになるという。また、「疾患リスク」に関しても、個人個人に合わせた「テーラーメイド医療」を実現する上でも有効なツールとなると期待されるとした。研究チームは今後、それらを実証するために、今回の研究で実施したコメの品種鑑定にとどまらず、疾患関連遺伝子や遺伝子改良作物などの、より実際的なリスクに関わるSNP解析に応用して行きたいと考えているとしている。