物質・材料研究機構(NIMS)は10月10日、色素増感太陽電池の分子/電極界面近傍で生じる特異な吸着構造の変化と光電流の関係について、高エネルギー加速器研究機構(KEK)における放射光軟X線実験で明らかにしたと発表した。
同成果は、NIMSナノ材料科学環境拠点 ハイブリッド太陽電池グループの本田充紀 ポスドク研究員(現 日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 任期付研究員)、同 柳田真利リーダーらによるもの。詳細は、米国化学会誌「Journal of Physical Chemistry C」に掲載された。
太陽光発電のさらなる普及には、現在普及が進められているシリコン結晶系太陽電池よりも低価格で実用的な変換効率を実現した次世代太陽電池の実用化が必要であると考えられている。そうした次世代太陽電池の1つとして、高温・高真空プロセスが不要で、スクリーン印刷などを用いて低コスト生産が可能な色素増感太陽電池は、導電透明酸化電極(TCO電極)、光を吸収する役割を担う増感色素が吸着した酸化チタン(TiO2)などの多孔質半導体層、ヨウ素系電解質、対極から構成されているほか、カラフル化やプラスチック基板上への製造などが可能なため、多種多様な利用が期待されている。
色素増感太陽電池の模式図。増感色素が光を吸収することで発生した電子がTiO2粒子に注入され、TCO電極を通した外部回路から対極に移動する。電解質中のI3-は対極の表面で電子を受け取りI-になり、I-が増感色素表面に移動して電子を増感色素に戻す。動作原理からもわかるように光電流の向上には増感色素とTiO2界面が重要な役割を果たしている |
しかし、現状の色素増感太陽電池の光電変換効率は11~12%とシリコン系太陽電池の効率の半分程度にとどまっており、効率向上のためには材料開発のみならず、実デバイス下における発電機構を理解し、機構を制御する手法、特に増感色素は光吸収と電子の受け渡しに重要であるため、粒径が数十nmの微粒子が積層した多孔質TiO2表面における増感色素の吸着構造を分子レベルで明らかにし、吸着構造を制御する必要があった。しかし、多孔質TiO2の表面に、直径約1nmの色素が吸着し、その色素が光を吸収することで、TiO2または電解液からの電子授受が起こり、光エネルギーを電気エネルギーに変換することで、発電している仕組みの色素増感太陽電池に対して、これまでの研究から色素がTiO2表面に吸着していることは判明していたが、TiO2微粒子から構成される多孔質半導体層は構造が複雑なため、吸着構造については情報が不足していた。
今回の研究は、そうした吸着構造の理解を目指し、色素増感太陽電池で良く利用されている中心金属であるRuに対して単座配位子で、電子ドナー性であるチオシアネート(NCS-)、および表面結合基であるカルボン酸基を有し、電子アクセプター性である二座配位子のdcbpy(4,4’-ジカルボキシ-2,2’-ビピリジン)がそれぞれ2個ずつ配位された分子構造を持つ「N719色素」を用いて、多孔構造TiO2表面上でのN719の吸着構造を軟X線放射光を用いて検討を行ったという。
この結果、これまで、光照射下でTiO2へ電子を注入することで酸化されたN719はNCS-を介して、I-から電子を受け取ることから、NCS-が電解液側に向く構造が好ましいと考えられてきた。しかし、今回行われた「NEXAFS(X線吸収微細構造)」や「XPS(X線光電子分光)」などの放射光軟X線による調査からは明らかにされた構造は、NCS-のS原子がTiO2と強く相互作用するというものであり、I-から色素へのスムーズな電子移動を妨げていることが判明した。
また、TiO2表面に混合色素(N719色素とD131色素)を同時に吸着させると、NCS-とTiO2の強い相互作用が消えることも確認された。この結果、D131により、NCS-とTiO2の強い相互作用が消え、その結果、I-からN719色素への電子の受け渡しがNCS-を介してスムーズに行うことができるようになったことから、太陽電池の外部量子収率についてはD131による光利用波長の拡大も相まって、可視光領域の波長で約5%程度大きくなることが判明したほか、太陽光照射下の光電変換効率も約0.3%向上することが判明した。
D131色素は色素増感太陽電池の増感色素の共吸着剤として利用されている物質で、主に400nmから500nmの可視光領域の光を吸収する。これまで企業や大学では、他の増感色素との共吸着剤として利用されてきたが、共吸着用増感色素としてのTiO2/電解液界面における詳しい役割は不明であった |
光電流のアクションスペクトル。縦軸は外部量子収率(IPCE) |
今回の研究から、TiO2表面に同時に吸着させる色素の種類、構造を検討することにより吸着構造が制御できることが示されたことから研究グループでは、適切な色素材料選択により、光電変換効率向上が期待できるようになると説明するほか、多孔構造材料について、材料表面から深さ方向を区別して細孔内の吸着色素分子の電子構造を知ることが出来る計測手法を用いることで、次世代太陽電池(色素増感太陽電池)の実用化に向けた研究が加速されることが期待されるとコメントしている。