夫が上に立つか、妻が上に立つか。一般的に夫婦関係とは、このどちらかのパワーバランスによって成り立つことが多い。つまり、亭主関白かカカア天下かということだ。

世の男性の多くは、それはもう亭主関白を求めるだろう。特に20代~30代の若い男性の場合はなおさらだ。まだ体力も情熱もありあまった遊びたい盛りの年ごろなのに、恐妻の尻に敷かれて、お小遣いやスケジュールをきっちり管理されるようなカカア天下になってしまうと、ストレスが溜まってしまう。結婚後の男性が独身時代と同じように趣味に没頭したり、友達と夜遊びしたり、時にはキャバクラ遊びでさえも満喫したり、そういう自由な暮らしを続けていこうと思ったら、亭主関白な夫婦関係を築いたほうが好都合だ。決して浮気を推奨しているわけではありませんので、悪しからず。

ちなみに昭和を代表する名俳優・勝新太郎氏(故人)は中村玉緒氏という良妻がいながらにして、その妻に浮気を容認させていたという。中村玉緒氏曰く、たとえ夫が浮気したとしても、最終的に自分のところに帰ってこればいい、とか。まさに「男は船、女は港」の考え方である。大海に船出して、色んな島(女)に立ち寄ってくるのはいいが、あくまで帰ってくる港は奥様ということだ。

"亭主関白"を実現するために意図的な作戦を実行したTさん

さて、そんな亭主関白の夫婦関係だが、それを実現するために意図的な作戦を実行し、見事に成功させた男性がいる。大阪府に住む会社員・Tさん(34歳)だ。

Tさん曰く、結婚生活とは夫と妻による陣取りゲームのようなものらしい。それまで異なる環境で生きてきた赤の他人同士が共同生活をするのだから、当然それぞれの価値観やライフスタイルの衝突はあるわけで、だから夫婦は衝突のたびに譲り合ったり、折衷案を出し合ったりしながら、二人だけの新たなライフスタイルを築いていく。ならば、その譲り合いにおいて、自分が譲歩する部分が少なければ少ないほど、すなわち自分の方針で支配できる陣地が多ければ多いほど、その人は生活しやすくなるに違いない。そのあたりの駆け引きを陣取りゲームにたとえているわけだ。

実際、Tさんは現在の奥様と結婚を意識するようになったころから、この陣取りゲームをひそかに開始していた。別に浮気願望があるわけではないのだが、結婚後も自由に飲みに行ったり、たまにはキャバクラ遊びをしたり、それくらいのことは彼女に認めてもらいたかったという。Tさんは無類の酒好きで、飲み友達も多くいる男性だ。

かくして、Tさんは「キャバクラ遊び」という自分の陣地を勝ちとるために、最初はあえてそれよりハードルが高い行為の容認を彼女に求めることにしたという。

「彼氏を束縛すること」に対する罪悪感を植えつける作戦を実行

具体的な内容は次の通りだ。

「今度、友達から風俗に付き合ってくれって誘われているんだけど、いいかな?」

当然ながら、彼女はこれに反対した。

「風俗? ダメに決まってんじゃん」

もちろん、Tさんにしてみれば、この反対は想定済みだった。だから、この段階では「わかったよ。おまえのために断わるから」と素直に引き下がったという。ここでの目的は彼女の脳裏に「彼氏を一度束縛した」という記憶を刻んでおくだとか。

さらに、Tさんはあえて彼女のことをほったらかして男友達と連日飲み歩いてみたという。すると、予想通り彼女はだんだん不機嫌になり、やがて「ねえ、あたしをほったらかして友達とばかり飲みに行くってどういうことよ」と文句を言ってきた。

そこで、Tさんはまたも彼女のために引き下がった。

「わかったよ。おまえのために友達付き合いを控えるようにするよ」

つまり、こういうことを何度か繰り返していき、彼女の脳裏に少しずつ「彼氏を束縛すること」に対する罪悪感を植えつける作戦を実行したのだ。

「キャバクラぐらいはいいだろ?」と本来の目標を打診

そんなある日、Tさんはタイミングを見計らって、彼女に切り出した。

「最近、友達にイヤミを言われてるんだよね。女ができてから友達付き合いが悪くなったって。今度もみんなで風俗行こうってなってんだけど、俺は断わったから、ますます空気を壊してさ……」

しかし、それでも彼女にしてみれば風俗を許せるわけがない。

「だから風俗はダメだって。彼氏の友達付き合いにまで口を出すのは悪いと思うけど」

Tさん曰く、彼女がこう言ってきたときが勝負どころだったという。Tさんは困惑する彼女に対して、「わかってるよ。風俗なんか行くわけないじゃん。だけど、キャバクラぐらいはいいだろ?」と本来の目標を打診したのだ。

すると、今まで風俗の話ばかりしていたため、彼女の中でのキャバクラのハードルが下がったのか、彼女は「それならいいよ」とキャバクラ遊びを容認したという。つまり、いったん彼女の束縛基準を崩壊させ、そこに新たな束縛基準を上書きしたということだ。

こうしてTさんは、結婚後も独身時代と同じく自由にキャバクラ遊びを満喫できるようになった。夫婦の陣取りゲームとは、駆け引きの勝負である。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。早稲田大学卒業。これまでの主な作品は「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」「雑草女に敵なし!」「Simple Heart」など。中でも「雑草女に敵なし!」は漫画家・朝基まさしによってコミカライズもされた。また、作家活動以外では大のプロ野球ファン(特に阪神)としても知られており、「粘着! プロ野球むしかえしニュース」「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「野球バカは実はクレバー」などの野球関連本も執筆するほか、各種スポーツ番組のコメンテーターも務めている。

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