早稲田大学(早大)は9月6日、「筋収縮系自励振動現象(SPOC現象)」を再現できる理論モデルの構築に成功したと発表した。これは、細胞膜のない筋タンパク質の集合体が自発的振動系であることを意味し、心拍機構に新しい視点を与えるものだという。

同成果は、同大理工学術院の石渡信一 教授、同 大瀧昌子 招聘研究員、同 島本勇太氏(現 Rockefeller大学博士研究員)、理化学研究所の佐藤勝彦博士、国際高等研究所の蔵本由紀副所長らによるもの。詳細は、国際物理科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載された。

骨格筋や心筋といった横紋筋の収縮系(細胞膜を除去した筋タンパク質集合体)は、ATP(アデノシン3リン酸)加水分解酵素であるミオシン分子モーターと、アクチン(細い)フィラメントが整然と配列したサルコメア(筋節)が、多数直列に連結した力発生装置であることが知られている。

この収縮・弛緩のOn/Offは、1μM前後のCa濃度の増減によって制御されており、例えば心筋の場合、ペースメーカー細胞が発する規則的な電気信号に応じて、筋細胞内のCa濃度が一過的に上昇し、制御タンパク質トロポニンにCaイオンが結合することで、細いフィラメントの状態がOffからOnに転じ、ミオシン分子モーターの結合が可能となることで、ミオシン分子の構造変化によって"滑り力"が発生し、フィラメント間の「滑り運動」が誘起され、それが筋線維の短縮につながるほか、Ca濃度が下がるとその逆過程が生じ、トロポニンからCaイオンが遊離し、細いフィラメントはOff状態に転じ、ミオシン分子モーターはアクチン分子と結合できなくなって解離し、筋収縮系は弛緩する(外から加わる引っ張り力によって再び伸長する)ことが言われている。

特に、細胞膜が存在する筋細胞中の筋収縮系は、電気刺激に応じて全(On)か無(Off)のいずれかの応答をする(All-or-none law)ことから、力発生の働き手である筋収縮装置の状態も、収縮(On)状態か弛緩(Off)状態かの2状態をとるというのが、これまでの通説であった。

しかし、心筋細胞の場合は、ペースメーカー細胞が発生する電気的信号はAll-or-none的だが、その結果増加するCa濃度はOn-Offのしきい値である1μMを十分に超えるものではなく、ほぼしきい値程度であることが知られている。実は、その理由は分かっておらず、研究グループではこれまでの研究から、その謎の解明に向け、除膜した筋収縮系において、Ca-bufferを用いてCa濃度を1μM付近に固定し、注意深く(特に直径1μm程度の、細い筋原線維を用いて)力計測を実施し、各サルコメアが自発的に短縮と伸長を繰り返す自励振動をすることが見出し、これを「SPOC(Spontaneous Oscillatory Contraction)」と命名していた。

骨格筋収縮系ではCa濃度を1μMに設定してもSPOCは発生しにくいが、心筋収縮系の場合は、1μM付近に設定するだけで容易にSPOCが発生することが確認された。しかし、沢山の筋原線維が束化した筋細胞の場合には、サルコメア振動(振動波形は、ゆっくりとした短縮相と急速な伸長相からなる"鋸波状")は発生するが、振動の位相が揃わないために細胞全長はなかなか振動しにくいことも確認されており、それらの結果を元に2011年に単一サルコメアのSPOCに関する理論モデルの提案をしていた。

同モデルでは、Ca濃度一定の条件下でSPOCしうるメカニズムが提案されていたが、今回の研究では、同ユニットモデルを粘弾性的に直列に連結することで、筋原線維でみられるSPOC現象が再現できるかどうかの検討が行われた。

その結果、これまで観察を行ってきたほとんどすべてのSPOCパターンを再現することに成功したという。

連結モデルで得られたいくつかのSPOCパターン。(a)シンクロSPOC、(b)伝播性SPOC、(c)分断伝播性SPOC、(d)ランダムSPOC。縦軸のSLはサルコメア長。振動パターンに依らず、時間に対して鋸波状に振動していることが分かる

具体的には、サルコメア振動が同期して振動する(シンクロSPOC)、サルコメア振動が筋原線維を伝播する(伝播性SPOC)、伝播性SPOCが筋原線維の別の場所で発生し途中で衝突して消滅するか、あるいは発生して逆方向に伝播する(分断伝播性SPOC)、サルコメア振動がランダムに発生する(ランダムSPOC)、そして、振動を伴わない力発生(収縮)状態といった、幾つかの振動・収縮パターンが、モデルの結果として得られたという。

連結モデルによって得られた筋原線維の状態図(相図)。(a)シンクロSPOC(白丸)、(b)伝播性SPOC(青丸)、 (c)分断伝播性SPOC(赤丸)、(d)ランダムSPOC(緑丸)。黒丸領域は、振動を伴わない収縮相

今回の結果は、多様なSPOCパターンは、サルコメアの数と、収縮系内部の弾性構造と外部の弾性体の硬さの比に依存してて生み出されることを示すものであると研究グループでは説明するほか、心筋収縮系がそれ自体、自励振動系であることを強く示唆するものであるため、筋収縮系は電気信号やCa濃度の変動に忠実に追随する、単なる力発生装置(働き手)ではなく、それ自体が能動的な振動素子であることを意味するものとなるとしており、その結果、心拍機構におけるペースメーカー信号にはじまるCa濃度の変動の意味が問い直されることとなり、今後、今回の1次元連結モデルの成果を、2次元、3次元へと拡張することで、現実の筋細胞(筋原線維集団)の動態の理解へとつなげることで、その結果次第ではあるが、教科書が書き換えられる日が来る可能性もあるとコメントしている。