東京大学と東北大学は8月9日、南琉球列島の海岸に多数存在するサンゴの化石である「津波石」の放射性炭素年代測定を行って同地域における過去の津波発生時期を推定し、同地域では約150~400年の周期で過去2400年間にわたって建物や人的被害をもたらす規模の津波が発生していることを明らかにしたと共同で発表した。

成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科大学院生の荒岡大輔氏、東大大気海洋研究所(AORI)の横山祐典准教授、同・川幡穂高教授、東北大 災害科学国際研究所の後藤和久准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月20日付けで「Geology」オンライン版に掲載済みだ。

2011年の東北地方太平洋沖地震津波以降、過去の津波がどのくらいの規模、周期で発生したかを把握することは急務となっており、将来の津波災害予測や防災計画を練る上で重要だ。南琉球列島は1771年に発生した「明和津波」と呼ばれる大津波を経験している。この津波の最大波高は約30mに達し、この地域で1万2000人を超える犠牲者を出したことが知られており、これは2011年の東北地方太平洋沖地震津波に匹敵する規模だ。しかし、同地域では明和津波以前の津波災害記録はほとんど残っておらず、また過去の津波発生時期を推定する上で有効な、地層中の津波堆積物を調査するのに適した土地も少ないため、別の地質記録を探す必要があったのである。

2004年に発生したインド洋大津波以来、津波石の存在が世界中で認識されるようになったことから、今回の研究でも南琉球列島の海岸に広く分布している、過去の津波で打ち上げられたと考えられている津波石が着目された(画像1・2)。今までにも、津波石を用いて過去の津波発生時期を推定した研究はあったが、試料選定方法の問題や、年代測定の測定精度の問題から、津波再来周期を推定するまでには至っていなかった。

画像1(左):石垣島東海岸の津波石群。画像2:「バリ石」と呼ばれるハマサンゴの津波石。今回の研究結果から、1771年に発生した明和津波で打ち上げられたことがわかった。津波で打ち上げられた単一群体のサンゴとしては世界最大のものである

そのため今回の研究では、津波由来の津波石と台風由来の台風石が地理的分布の違いから区別可能なことを利用して、津波石由来のもののみを選定すると共に、津波石の中でも「ハマサンゴ種」の津波石に限定した。ハマサンゴは過去の高波で打ち上がった際にその表面の成長が止まるため、津波石ハマサンゴの新鮮な表面を採取し年代を測定することで、津波石が打ち上がった年代、つまり過去の津波の発生時期を正確に決定できることがわかっているというわけだ。

また、これまでの放射性炭素年代における測定精度では、津波発生時期の特定は困難だった。放射性炭素年代測定は、化石などの試料に含まれる炭素(12C)の放射性同位体である「14C」の量を計測することで、その試料が生存していた年代を測定するという仕組みだ。活動中の生物は食物や光合成を介して14Cを含んだ炭素を体内に取り込むが、死後は当然ながら14Cも含むあらゆる元素が取り込まれなくなり、体内の14Cの濃度が薄くなっていく(14Cは5730年でβ崩壊して窒素14になるため)。そのため、試料中の炭素14Cの量を調べることで、その生物の生存年代がわかるというわけだ。

しかし、放射性炭素年代測定は誤差が大きいという問題がある。それでも、大量の津波石を測定して年代結果を統計学的に処理すれば津波発生時期を推定できる可能性があることから、今回の研究では宮古・八重山列島から上記の津波石の条件を満たす100個以上の津波石試料が採取され(画像3)、放射性炭素を用いた年代測定が行われた。

画像3。今回の研究で津波石試料が採取された島々

解析の結果、宮古・八重山列島では過去2400年間にわたって、約150~400年の周期で津波石を打ち上げるような津波が発生していることがわかったのである(画像4・5)。また、石垣島東岸にはハマサンゴの津波石の内、「バリ石」と呼ばれる直径9mの巨大な津波石があり(画像2)、年代測定の結果から1771年の明和津波で打ち上げられたことがわかった。これは、単一群体のサンゴとしては世界で最も大きい津波石になる。

また、バリ石の大きさから過去700年間で1771年の明和津波が最も規模の大きな津波であったことも判明。過去のほかの津波についても、今回選定した津波石の大きさを考慮すると、建物や人的被害をもたらすのに十分な規模であることが、数値計算から明らかになった。

画像4(左):大量の津波石の放射性炭素年代測定結果を年代順に並べたもの。画像5:画像4の結果を統計的に解析することで得た確率分布密度の総和曲線。この曲線のピーク部分は津波が発生した時期を示唆している。実際に、古文書に記載されている1771年の明和津波および1625年の原因不明の高波が検出できているのがわかる

これまで、津波石を用いて津波のリスク評価を行った研究はほとんどない。今回の成果は、津波石を用いて津波再来周期が初めて推定された形だ。地層中の津波堆積物調査に適した土地が限られた地域でも、津波石を選定し大量の年代測定結果を解析することで、津波履歴研究が可能ということが証明されたのである。また、明和津波を経験した同地域の津波石は、その津波の規模を象徴する重要な地質記録だ。そのため、バリ石のような巨大津波石は防災教育にも有用なシンボルであるといえるという。

ただし、個々の津波の正確な年代を推定するためには、より大量の、かつ精度の高い年代測定結果が必要だとする。そこでAORIは、2013年に日本初の放射性炭素年代測定用の「シングルステージ加速器質量分析計」を導入した(画像6・7)。また、AORIの横山准教授自身の研究室でも、放射性炭素年代測定法よりもさらに精度が数倍も高い測定法として、ウラン系列核種を用いた年代測定法を「高分解能型誘導結合プラズマ質量分析装置(ELEMENT-XR)」を用いて開発中だ。

今後は、このような次世代型の分析装置を用いて、より正確な過去の津波発生時期や津波再来周期の推定を行っていくことが必要であり、その結果として同地域の将来の津波災害予測や防災計画においても重要な情報を提供することが可能になるとしている。

画像6・7:AORIに導入された、放射性炭素年代測定用のシングルステージ加速器質量分析計