東北大学は8月5日、アイルランド・トリニティカレッジとの共同研究により、特定のタイプの遺伝子群が周辺に存在する遺伝子の「コピー数多型」を抑制していることを突き止めたと発表した。

成果は、東北大 東北大大学院 生命科学研究科 生物多様性進化分野の牧野能士助教、同・河田雅圭教授、トリニティカレッジのイーファ・マックライザット博士らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月6日付けで英科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ヒトはゲノム中に約2万の遺伝子を持っており、99.9%は同一だが、もちろん個人個人でも少しずつ違いがあり、それを「塩基多型」という。DNA配列の違いが身体的な特徴の違いや性格の違いなど、さまざまな個性を生み出すのと同時に、病気の原因にもなり得る(ある特定の病気になりやすい・なりにくいという差がある)。

遺伝子の各個人における違いは、遺伝子が増える「遺伝子重複」(1つの遺伝子がコピーされて同じ遺伝子が2つになること)や逆に消失したりすることで生じることがあり、中でも生物集団内における個体間比較において、ゲノム領域のコピー数の違いをコピー数多型という。例えば、AさんはZという遺伝子を1つ持っており、BさんはZを2つ持っているとする。この場合、遺伝子Zはコピー数多型があるといえるというわけだ。

こうしたコピー数多型に関する研究が近年になって進み、少なくない数の遺伝子にコピー数多型があることがわかってきた。ヒト遺伝子の場合、約30%がコピー数多型を持つという。なお、同じ遺伝子でも1つの遺伝子として全遺伝子をカウントした場合の総数は、個人ごとに異なっている。

コピー数多型の多くは特に有害でもなければ有益でもない。しかし、特定の遺伝子のコピー数多型に限っては、自閉症や知的障害といった神経発達障害などの疾患の原因となることが報告されている。またコピー数多型の分布はゲノム中で偏っていることが特徴で、これまでその原因についてはほとんどわかっていなかった。

またコピー数多型と関連して、まれにだが全遺伝子が重複する「全ゲノム重複」が起きることがある。ヒトを含む脊椎動物の場合、約5億年前の初期進化において2回にわたって全ゲノム重複が起きたという。しかし、この遺伝子の重複は冗長であることが多いため、多くの遺伝子においていらない分が消失していく。

その一方で、全ゲノム重複後も消失せずに重複したコピーを保持している遺伝子もある。このような重複遺伝子は、「オオノログ」という(全ゲノム重複による脊椎動物の進化を提唱された大野乾博士にちなんで名付けられた)。オオノログは最適な遺伝子数が厳密に決められている遺伝子群に多く、オオノログの重複や消失が有害な影響を与えるため、コピー数多型を持たない傾向にある。このため、オオノログと隣接する遺伝子では、オオノログと共にゲノム領域の重複または消失を経験する確率が高くなると推測された。

そこで研究チームは、オオノログと隣接する遺伝子は、例えコピー数の増減が無害であっても、オオノログの重複や消失が成立しないためにコピー数多型を持ちにくいというと考察したというわけだ(画像1)。

画像1は、オオノログに近接する遺伝子のコピー数多型だ。中央横線はゲノム、四角は遺伝子を表し、遺伝子のゲノム上の位置は左側から番号で示している(遺伝子1~9)。赤色四角はコピー数変動が有害なオオノログ、黒色四角はコピー数の変動が無害である遺伝子(非オオノログ)を表す。

そしてゲノム上側と下側に示された短いゲノム断片は、遺伝子3つを含むゲノム領域が重複した場合のコピー数多型を模式的に示したものだ。オオノログ(遺伝子5)を含まないゲノム領域の重複は無害であるが、オオノログを含むゲノム領域の重複は有害である。このため、オオノログと隣接する遺伝子3、4、6、7はコピー数多型が生じにくいと考えられるのである。

画像1。オオノログに近接する遺伝子のコピー数多型

研究チームはまず、約2万あるヒトの遺伝子をオオノログとそのほかの遺伝子(非オオノログ)に分類し、すべての非オオノログについてゲノム上で最も近くに存在するオオノログまでの距離を求めることからスタート。また、コピー数多型データベース(Database of Genomic Variants)よりコピー数多型を持つヒトゲノム領域が抽出され、それらの領域に含まれる遺伝子はコピー数多型のある遺伝子とされた。そして、オオノログまでの距離とコピー数多型のある非オオノログの関係が調べられたのである。また、オオノログが高密度に存在しているゲノム上では、コピー数多型や遺伝子重複の頻度が少ないかどうかの調査も行われた。

まず非オオノログにおけるオオノログまでの距離とコピー数多型の有無の関係については、オオノログに隣接する非オオノログほどコピー数多型がない傾向にあることが判明。そして、オオノログまでの距離とコピー数多型の存在には強い正の相関が観察されたのである(画像2)。

画像2は、オオノログまでの距離とコピー数多型を持つ非オオノログの割合の関係だ。オオノログまでの距離を基に非オオノログが11のグループに分類され(横軸)、それぞれのグループにおけるコピー数多型を持つ非オオノログの割合(縦軸)が調べられた。オオノログとの距離が遠い非オオノログほどコピー数多型を持つ傾向が強いのがわかるはずだ。

画像2。オオノログまでの距離とコピー数多型を持つ非オオノログの割合の関係

また、オオノログが高密度で分布するゲノム領域とコピー数多型の少ないゲノム領域(コピー数多型砂漠)に強い相関があることも判明(画像3)。その傾向は特に、長いゲノム領域のコピー数多型で顕著であることがわかった(画像3)。これは長いゲノム領域の重複ほどオオノログを含む可能性が高いためだと考えられるという。今回の結果から、オオノログのゲノム上の位置が、ゲノム上のコピー数多型の分布を決定する要因であることが示されたのである。

画像3は、オオノログの密度とコピー数多型の関係(染色体16番の例)。オオノログ密度の高いゲノム領域(水色)では、コピー数多型を持つゲノム領域・遺伝子の頻度が低い。

画像3。オオノログの密度とコピー数多型の関係(染色体16番の例)

さらに8種の脊椎動物のゲノム(チンパンジー、マカクザル、マウス、ラット、イヌ、ウシ、オポッサム、ニワトリ)を用いた比較ゲノム解析により、オオノログが高密度に分布するコピー数多型砂漠は、数億年にわたる脊椎動物の進化過程においても遺伝子が重複しにくい遺伝子重複砂漠であることも明らかにされた。

オオノログとは対照的に、進化過程において重複を何度も繰り返して数を増加させている遺伝子ファミリーも存在する。特に多いのが、臭いの感知に関わる嗅覚受容体遺伝子だ。ヒトにおいて数100、マウスでは約1000も存在し、脊椎動物において最も大きな遺伝子ファミリーを形成している。この遺伝子群のゲノム上の分布も調べられ、するとほとんどの嗅覚受容体遺伝子がオオノログから離れた領域に存在していることが確かめられた。このことは、ゲノム上のオオノログの位置が、ほかの遺伝子数の変動に大きく関っていることを示唆しているという。

今回の研究において明らかにされたオオノログ周辺のゲノム領域ではコピー数多型が生じにくいという知見を応用し、今後、オオノログ周辺のコピー数多型を調査することで、効率的な有害コピー数多型の同定が可能になり、病気との関連が疑われるコピー数多型の理解がさらに深まると期待されるとしている。