理化学研究所(理研)と分子科学研究所(分子研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)は7月23日、理研とJASRIが建設したX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)施設「SACLA」を使って、集光して強度を上げたXFELをクリプトン原子に照射して原子核の最も内側の軌道「K殻」を回る電子2個を順番にはじき出すことで、K殻に電子がない「中空原子」の生成に成功したと発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ理論支援チームの玉作賢治専任研究員、同・矢橋牧名グループディレクター、分子研 光化学測定器開発研究部門の繁政英治准教授、JASRI XFEL利用研究推進室 実験技術開発チームの登野健介チームリーダーらの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米科学誌「Physical Review Letters」に掲載される予定だ。

X線が原子に当たると、散乱か吸収が起きる。X線のエネルギーが十分に高いと、K殻を周回する2個の電子の片方で吸収され、その電子が原子外にはじき出され(光イオン化)、K殻に電子の空席が1つある"穴"の空いた状態となるというわけだ。例えるなら、原子で「だるま落とし」をやるようなものである(画像1)。

この穴は元素によるが、大体1000兆~1京分の1秒という極めて短時間で、外側を回る電子により埋められる(その時に「蛍光X線」が放出される)。もし、電子により穴が埋められるより前にもう一度X線を当てることができると、残りのもう1つの電子もはじき出すことが可能だ(画像2)。

こうして、K殻が空になった原子「中空原子」は、普通よりやや短い波長の蛍光X線を放出してK殻の穴を埋める。従って、蛍光X線を観測することで、原子がどのような状態にあり、また、中空原子がどの程度生成されたのかを明らかにすることができるというわけだ。しかし、これまでその観測に成功した例はなかった。

X線照射によるクリプトン原子の光イオン化。画像1(左):通常の場合で、一番内側のK殻にいる電子が1個はじき出される(上)。X線による通常の光イオン化に対応する「だるま落とし」の絵(下)。画像2:K殻の電子を1個はじき出したあと、1京分の2秒以内にもう一度電子をはじき出すことで、2つの穴が空いた中空原子を生成することができる(上)。素早く2回たたくことによって2段抜きした場合に対応する「だるま落とし」の絵(下)

研究チームは、SACLAのX線をクリプトン(原子番号36番、稀ガスの1種)に照射し、蛍光X線を観測することで、原子に起こる変化の解明に挑んだ。クリプトンは室温常圧で単原子分子気体であり、このような基礎的な研究に適していることから選ばれた。

共同研究チームは強力なX線を得るために、集光鏡を用いてSACLAのX線ビームを1ミクロンまで絞り込んだ。この時の「集光強度」(X線などの光が単位面積に単位時間あたり運ぶエネルギーの量)は、10の18乗W/平方cm(太陽光の1兆倍のさらに1千万倍に相当)に達すると見積もられる。この強力なX線をクリプトンガスに照射し、蛍光X線のスペクトルが測定された。その結果、通常の蛍光X線より短波長側にも蛍光X線が初めて観測されたのである(画像3)。これは、1京分の2秒弱しか存在できないK殻に1つ穴の空いたクリプトン原子にも確かにX線が当てられること、さらに、中空原子が生成されたことを実証した証拠だ。

画像3は、クリプトン原子から放出された蛍光X線のスペクトル。右側の波長の長い方の2つのピークは、K殻に穴が1つある原子からの通常の蛍光X線。左側の波長の短い側の2つのピークが、K殻に2つ穴が空いた中空原子からの蛍光X線。見やすくするために、左側は1000倍に拡大されてある。

画像3。クリプトン原子から放出された蛍光X線のスペクトル

一方で、蛍光X線の比から、寿命が1京分の2秒弱と極めて短いにも関わらず、X線照射中は常に、平均して0.1%程度のクリプトン原子がK殻に穴が1つ空いた状態にあることがわかる。これは、今回使用した1018W/cm2というX線強度では、K殻に穴の空いた原子を無視できることを示しているとした。

しかし、より集光してタンパク質ナノ結晶などを測定するような場合、X線強度は今回の研究よりはるかに高くなる。例えば、集光サイズをあと1桁半小さくすると、K殻に穴の空いた原子の割合は数10%に達し、もはやK殻に穴の空いた原子の存在を無視できなくなると考えられるという。

極短時間しか存在できないK殻に穴の空いた原子にもX線を当てられることが実証され、そのような原子の特性が利用可能になる。さまざまな応用が考えられるが、主要なものとしてタンパク質の構造解析が挙げられ、その結果として、生命現象の理解や創薬に役立つことが期待されるとした。また海外グループの理論的な研究では、穴の空いた原子を利用することで、その原子からの信号を強くして、位相問題をより高精度で解くことができるという報告もあるとしている。