東京大学は6月20日、発達期の小脳において、シナプス刈り込みに前初期遺伝子「Arc」が必要なことを明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院 医学系研究科 機能生物学専攻 神経生理学分野の三國貴康特任研究員、狩野方伸 教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月19日付けで科学誌「Neuron」オンライン版に掲載された。

脳が正常に機能するためには、神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合を作り、機能的な神経回路を作られなければならない。生まれたばかりの動物の脳には過剰な神経結合(シナプス)が存在し、その後の発達過程において、「シナプス刈り込み」が行われ、必要なシナプスは残り、不要なシナプスは除去されて、機能的な神経回路が完成する仕組みだ。発達の特定の時期に起こるシナプス刈り込みの異常が起きると、社会性障害を来す統合失調症や自閉症の原因になると指摘されている。

これまでの研究から、正常なシナプスの刈り込みには、神経細胞の電気的活動が必須であることが知られていた。しかし、神経活動によってどのような分子メカニズムが働いてシナプス刈り込みが起こるかは、わかっていなかった。

そこで研究チームは今回は、シナプス刈り込みを定量的に評価できる小脳の「登上線維」と「プルキンエ細胞」の間のシナプス結合の生後の発達に着目。登上線維とは、脳幹の延髄にある神経核の「下オリーブ核」から、「小脳皮質」のプルキンエ細胞へ情報を伝える入力線維のことだ。また、プルキンエ細胞とは小脳皮質に存在する大型の神経細胞で、小脳皮質の信号を「小脳核」を介して大脳、脳幹、脊髄に送り、円滑な運動を行うために重要な働きをしている。

生まれたばかりの動物のプルキンエ細胞には、5本以上の登上線維がプルキンエ細胞の根元に相当する細胞体にシナプスを形成しているが、成熟した動物では1本の強力な信号を伝える登上線維が、細胞体から大木の枝のように張り出した樹状突起にシナプスを形成している。そこで個々のプルキンエ細胞から電流を記録し、登上線維を1本ずつ別々に電気刺激して引き起こされる電流応答(シナプス電流)を測定することで、プルキンエ細胞にどの程度の強さの登上線維が何本結合しているかが調べられた。

研究チームはまず、プルキンエ細胞の神経活動とシナプス刈り込みの関係を調べるために、プルキンエ細胞にウイルスベクターを用いて「チャネルロドプシン-2」(緑藻類から単離された光駆動性の陽イオンチャネル)という青色光により開くチャネルを発現させることからスタート。その後2日間にわたって青色光刺激を行って、プルキンエ細胞の神経活動を上昇させた。

すると、神経活動を上昇させたプルキンエ細胞では、シナプス刈り込みが促進されていることが判明。次に、ウイルスベクターを用いて、「電位依存性カルシウムチャネル」(細胞膜に存在するカルシウムの通り道となるタンパク質の1種)あるいは前初期遺伝子Arcの発現を抑えた上でプルキンエ細胞の神経活動を上昇させたところ、シナプス刈り込みの促進は見られなくなった。なお前初期遺伝子とは、細胞が種々の刺激を受けた際に一過性に誘導される遺伝子の中で、早期に誘導される遺伝子群のことである。

Arc遺伝子の発現を抑えたプルキンエ細胞では、生後11日目まではシナプス刈り込み過程に異常は認められなかったが、その後の過程でシナプス刈り込みに異常が認められた。このシナプス刈り込みの異常を顕微鏡で形態学的に調べたところ、除去されるべき細胞体周辺のシナプスが残存していることが確認されたのである。

以上から、プルキンエ細胞の神経活動上昇により電位依存性カルシウムチャネルからカルシウムが流入し、引き続いて起こるArcの発現誘導によってシナプス刈り込みが促進されることが示されたというわけだ。また、Arcはプルキンエ細胞の細胞体周辺の過剰なシナプスを除去するシナプス刈り込みの最終段階に必要であり、シナプス刈り込みを完成させる役割を果たすことが明らかになった。

発達障害を来すいくつかの症候群の疾患モデルマウスの脳では、Arcの発現異常があることが最近相次いで報告されている。研究チームは、これらの疾患モデルマウスにおいて、どの脳部位にどのようなシナプス刈り込みの異常があるかを調べ、さらにヒトでの臨床的な検証と組み合わせることで、これらの精神疾患の病態を「Arc」および「シナプス刈り込み」の視点から解明することができる可能性があるとした。

ArcはP/Q型の電位依存性カルシウムチャネルを介して流入したカルシウムによって誘導され、プルキンエ細胞の細胞体にある登上線維シナプスの刈り込みを促進する