理化学研究所(理研)は6月20日、環境・バイオマス試料の多角的な分析ツールを駆使して「土壌微生物生態系によるバイオマス分解・代謝評価法(ECOMICSツール)」を構築し、植物細胞壁を構成する主成分である高分子複合体「リグノセルロース」の複雑な立体構造(高次構造)の違いが、土壌微生物群の共生による「共代謝反応」へ影響を与えることを解明したと発表した。

成果は、理研 環境資源科学研究センターおよび社会知創成事業バイオマス工学研究プログラム 環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダー、同・小倉立己大学院生リサーチアソシエイト、同・伊達康博特別研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月20日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

土壌中には多くの微生物が生きており、それらが多種多様な物質を分解することで大地を豊かにしています。最も代表的な物質である植物バイオマスは、比較的分解されにくいリグノセルロースで形作られているが、自然界では枯草や流木も分解され、最後には土に還る。この分解・代謝反応は「微生物生態系」が担っており、地球上の物質循環に貢献しているというわけだ。

なお複数の微生物が互いに関係性を持ちながら共存している生態系を微生物生態系といい、動物のように捕食・被食の関係ではなく、さまざまな微生物が関係し、物質の代謝を協力して行っている。そうした、1種でエネルギーを取り出さずに物質を分解したり、構造を変化したりして、ほかの微生物が利用可能な状態へと変化させる作用を「共代謝」と呼ぶ。

今回の研究では、こうした土壌生態系を包括的に評価することのできる環境評価技術の構築が行われた。また構築した評価技術を用いて、植物バイオマスとして稲わら中のリグノセルロースの持つ高分子構造が分解微生物群に与える影響について評価が行われたのである(画像1)。

画像1。バイオマスの構造の違いによる発酵産物。化学組成は同一でも高次構造の異なるバイオマスの入力(左)が土壌微生物生態を変化させ(中央)、共代謝で得られる発酵産物が変化する(右)。

研究チームはこれまで、生体由来の複雑な代謝産物を、未精製な混合物のまま溶液NMR法により一斉に計測・解析する手法を開発してきた。今回、リグノセルロースのような難溶性の生体高分子解析のために、1次元および「2次元-固体固体核磁気共鳴(NMR)法」、「赤外分光(IR)法」や「示差熱・熱重量測定(TG/DTA)法」も併用し、これらの解析手法を組み合わせて構造的特徴の抽出を行えるようにした形だ。

計測データは、数値マトリックス化することで、低分子代謝物の場合と同様の「多変量解析」(複数の変数からなる多変量データを統計的に扱う手法)も利用できる。土壌中における微生物反応についても、代謝物・微生物群の変動を調べることで、バイオマス分解反応による土壌微生物生態系への影響や各代謝物と微生物の相関関係を解明することが可能となる仕組みだ。

実際の実験では、植物バイオマスとしての稲わらを粉砕してリグノセルロースの高次構造を変化させ、その高次構造や組成、熱力学的性質などの評価、さらに構造状態の異なるバイオマスを水田土壌と混合し、土壌微生物生態系への影響についても併せて評価も行われた(画像2)。

画像2。今回の研究で用いた手法の模式

リグノセルロースの高次構造が壊れるくらい強い物理破砕処理を施して、異なる構造状態の稲わらを用意し、その高次構造の状態を1次元および2次元の固体NMR法、IR法、TG/DTA法などを用いて計測した。各種計測データを、研究チームによって今回開発された「ECOMICSツール」を用いて統合的な評価が行われることで、従来の高分子分析法では得られなかった物理的・化学的特性の情報が得られるようになり、破砕処理条件の違いによる高次構造の違いを評価することが可能となったのである。

なおECOMICSツールは、環境サンプルから得られる大量のデータ(メタゲノムや酵素の配列データ、代謝物や高分子物質の構造および成分データ)を統合的に解析できるウェブツールだ。命名は、ECosystem trans-OMICSの大文字部に由来するが、EconomicsからNoを引いた造語だという。その意図するところは、自然の摂理である環境調和をシステムとしてとらえ、研究活動の知的研鑚から経済成長一辺倒な近代社会の在り方を見直すというメッセージを込めているとした。

以上のような方法を用いて得られた研究チームの実験データでは、破砕強度が高いとリグノセルロースの結晶構造が非結晶構造に変化することが判明。また、リグノセルロースの構造が結晶から非結晶に変化すると、分解に必要なエネルギーが大きく低下することも明らかになった。

続いて研究チームは、リグノセルロースの構造の違いによる分解微生物群の活性への影響を溶液NMR法で、微生物生態系の変化を「濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)法」で、それぞれ解析を実施。溶液NMR法の結果から、構造の相異で分解代謝産物が異なり、各代謝物の産生量も大きく変化することがわかった。またDGGE法の結果から、分解したバイオマス構造によってそれを利用する微生物群も大きく変化し、最終的にそれぞれ異なる微生物群集を形成することが判明したのである。以上から、リグノセルロースの持つ高次構造が、分解代謝の経路やそれに関わる微生物種などの微生物生態系に大きく影響を与えることがわかったというわけだ。

今回開発された環境・バイオマスの多角的な分析ツールに基づく土壌微生物生態系によるバイオマス分解評価技術は、微生物生態系を応用した廃棄物処理プロセスなどの産業技術において、土壌やバイオマス評価に利用できるという。また、共生微生物が関わるヒトや動物の恒常性評価の手法への展開も期待できるとする。これまでは、自然環境中の複雑な共生関係が絡み合う場合、鍵となる物質の絞り込みが困難だったが、構築した評価法を用いれば容易に絞り込みができるという。

また、今回の新技術は、土壌の栄養・微生物状態と農作物の品質の関係性、土壌生態系における生物-生物間、生物-微生物間の相関関係と摂餌行動への影響、土壌-海洋間での栄養成分の循環系、土壌団粒構造の形成と栄養成分の貯蓄形態など(画像3)、現在注目を集めている共生関係を基礎とした環境代謝分野の解析技術として貢献することが期待されるとした。

画像3。熾烈な生存競争が展開されている環境代謝分野と、ホットな分析トピックス

また、「安定同位体標識技術」と組み合わせることで、NMR法の利点である部位特異的な解析ができることを利用した共代謝系における物質循環経路の追跡も可能となる。さらに、従来は低分子化合物の追跡・評価に限られていた共代謝系解析を、高分子化合物にも対応させることもできるという。このため、現在未解明な部分の多い動植物-微生物間、また微生物-微生物間の共生関係と各代謝産物の役割を解明し、森林-河川-海洋といった生命活動のサイクルを分子の観点から理解できることが期待されるとした。