東京医科歯科大学(TMDU)は5月8日、米カリフォルニア大学サンディエゴ校、米セント・ジュード小児病院、名古屋大学、独マックスデルブルック分子医学研究所との共同研究により、マウス、ショウジョウバエなどの疾患モデル動物を駆使して、複数の神経変性疾患グループにまたがる病態シグナルを解明し、分子「TERA/VCP/p97」(VCP)が「前頭側頭葉変性症」と「ポリグルタミン病」に共通して障害される分子であることを明らかにしたと発表した。

成果は、TMDU 神経病理学分野の藤田慶太特任助教(TMDU 難治疾患研究所)、同・大学院博士課程MD-PhDコース学生の中村蓉子氏(現・医学部学生)、同・難治疾患研究所の岡努特任助教、同・伊藤日加瑠 特任助教(現・ワシントン州立大学ポストドクター)、岡澤均教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間5月7日付けで英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など、神経細胞が死んでいく一連の神経難病は、まとめて「神経変性疾患」と呼ばれる。病理学的には神経細胞死と脳内への異常タンパク質の蓄積が特徴だ。現在、それぞれの疾患に対する治療薬は存在するが、病気の進行を阻止する、あるいは正常な状態に戻すような根本的な治療法は確立されていない。

そして神経変性疾患には、家族内発症者を持つ遺伝性のタイプと非遺伝性(孤発性)の大きく2種類のタイプに分かれる。近年、遺伝性神経変性疾患の患者のサンプルを用いた分子遺伝学的解析から多くの原因遺伝子が見つかってきた。

例えば、アルツハイマー病に次ぐ変性型認知症の原因疾患であり(変性型初老期認知症の20%の原因といわれる)、前頭葉と側頭葉を強く障害する前頭側頭葉変性症には、TDP43、PGN、VCP、CHMP2B、C9orf72、FUSなどの原因遺伝子が過去5年ほどの間に発見されてきている。

また、小脳を強く障害する神経変性疾患である「脊髄小脳失調症」の中には、さまざまな遺伝子において特定の塩基配列が異常に伸長しているケースが多いことも明らかになってきた。これらは、グルタミンをコードしている塩基配列のためにポリグルタミン病と総称される。

ポリグルタミン病についてもう少し詳しく説明すると、DNA配列の中にグルタミンをコードする塩基のリピートが存在することがあり、それによりグルタミン鎖(ポリグルタミン)が遺伝子産物に含まれることになるが、ポリグルタミン病は、このポリグルタミンの毒性によって発症するものだ。現在、「ハンチントン病」、「球脊髄性筋萎縮症」、遺伝性の脊髄小脳失調症、「DRPLA(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)」などが、ポリグルタミン病として知られている。

これらのヒト原因遺伝子を組み込んだモデル動物(線虫、ショウジョウバエ、マウス、マーモセットなど)では、神経変性疾患類似の病態が再現されるために、ヒト神経変性疾患の分子病態解明と治療法開発に大きな貢献をしている。

一方、数多く存在する神経変性疾患が、互いにどのような関係にあるのか、特に分子レベルの病態シグナル経路にどのような共通性があるのかについてはよくわかっていない。また、それぞれの疾患における病態シグナル経路の特異性が、どのように疾患の症状の違いに結びつくのかについても十分に理解されていないのが現状だ。

逆をいえば、このような疑問を解決することができれば、複数の神経変性疾患に同時に有効な治療薬・治療法、あるいは特定の神経変性疾患に非常に有効な治療薬・治療法の開発に進むことができると考えられている。

そして今回の成果につながったのが、岡澤教授の研究チームによる15年前の発見だ。岡澤教授らはポリグルタミン病原因タンパク質に結合する正常タンパク質を探索しており、その結果、「PQBP1」(その後、発達障害原因遺伝子であることも判明)と共にVCPがポリグルタミン配列に結合することを1998年に見つけたのである。

その後、ほかの研究チームもポリグルタミン病原因タンパク質の1つである「Ataxin-3」がVCPに結合することを示した。こうした経緯を踏まえて、VCPこそがポリグルタミン病の病態に直結した分子ではないかという仮説を立てたのである。

そこで、この仮説をさらに検証してさらに一般化するために、ほかのポリグルタミン病の原因遺伝子についてVCPとの結合が検討された。脊髄小脳失調症1型の原因遺伝子の「Ataxin-1」、脊髄小脳失調症7型の「Ataxin-7」、球脊髄性筋萎縮症の「アンドロジェン受容体」、ハンチントン病の「ハンチンチン」という、4種類のポリグルタミン病の疾患遺伝子を用いて調べられたのである

すると、正常型、変異型共にポリグルタミン病タンパク質はVCPに結合し、ポリグルタミン病タンパク質からポリグルタミン配列だけを除いた変異体タンパク質とは結合しなかった。このことから、ポリグルタミン病原因タンパク質とVCPの結合は一般化できることが示されたというわけだ。

画像1。今回の実験の概要。今回の研究では、前頭側葉変性症、ハンチントン病、脊髄小脳失調症にまたがる共通病態としてVCP機能低下があることが判明した

画像2。VCPタンパク質は神経細胞の核に優位に存在している

次に研究チームは、VCPにポリグルタミン病原因タンパク質が結合することによる細胞内部の変化についての解析を行った。VCPは「膜輸送」、「小胞体関連タンパク質分解」、「DNA損傷修復」などのさまざまな細胞機能に必要なエネルギーを供給する役割があることが知られている。そこで、複数のポリグルタミン病モデル動物および培養細胞を用いて、この3つの細胞機能について検討が行われた。

その結果、変異ポリグルタミン病タンパク質は、非神経細胞において「膜輸送」や「小胞体関連タンパク質分解」を阻害するものの、培養神経細胞ではこれらの機能阻害は軽度であることが判明。一方、神経細胞でも非神経細胞でも、共に変異ポリグルタミン病タンパク質は、VCPを凝集体に引き込み、VCPの「DNA損傷修復機能」を阻害することもわかった。また実際にマウス脳組織の免疫染色では、VCPは神経細胞においては核に主に存在しており、DNA損傷修復機能に主に関与することが示唆されたのである(画像3~5)。

画像3。「ATXN1」あるいは「Htt」を発現する細胞におけるDNA損傷部位へのVCPの集積

画像4。ポリグルタミン病タンパク質は、DNA損傷修復のために核内VCPタンパク質がDNA損傷部へ移動することを抑制する

画像5。ポリグルタミン病では一般的にDNA損傷が増加する。この画像では、ハンチントン病モデルマウス(R6/2)と、脊髄小脳失調症モデルマウス(Atx1-KI)が示されている。DNA損傷マーカー(γH2AX)は正常マウス(WT)に比べて、R6/2とAtx1-KIの神経細胞内で増加している

以上の実験結果から、ポリグルタミン病原因タンパク質は、VCPのDNA損傷修復機能を阻害して神経変性につながっていることが明らかになった。さらに、正常VCPを補充することにより、疾患モデル動物(ショウジョウバエ)において神経細胞のDNA損傷が軽減し、寿命が延長することも明らかになったのである。

VCPを神経細胞に発現させるとDNA損傷修復を介してポリグルタミン病動物モデル(この場合はショウジョウバエ)の寿命を延長する。画像6(左)は、モデルショウジョウバエの神経細胞にVCPを併せて過剰発現させると(赤線)、疾患モデルショウジョウバエ(SCA1:脊髄小脳失調症1型、HD:ハンチントン病)(濃青線)に比べて寿命が延長することを示す。画像7は同じショウジョウバエでのDNA損傷の定量を示す。モデルショウジョウバエ(中間の棒)に比べて、VCP過剰発現ショウジョウバエではDNA損傷が減少している

前述したように、前頭側頭葉変性症はヒトVCP遺伝子変異そのものによって発症する仕組みだ。しかし、この変異によって、VCPの機能が亢進するのか低下するのかについてはよくわかっていなかった。例えば、大腸菌で作った変異VCPタンパク質ではATP分解酵素活性が上昇しているとの報告もあったからである。

しかしその後、VCP遺伝子変異はミトコンドリアの機能障害を介して、体内におけるエネルギーの通貨などといわれる「ATP(アデノシン三リン酸)」産生の減少につながることが2013年になってから発表されるなど、遺伝子変異はVCPの機能低下につながるという報告が増えているという。

従って、今回の研究で示された4種類のポリグルタミン病におけるVCPの機能低下という所見と合わせると、ポリグルタミン病と前頭側頭葉変性症は、VCP機能という点から病態を共有することを意味しているとした(画像8)。

画像8。ポリグルタミン病では一般にVCPの核内動態が抑制されてDNA損傷修復が妨げられる。VCP機能障害は前頭側頭葉変性症でも共通している

今回の研究では、VCPを介して複数の神経変性疾患グループにまたがって共通する分子病態が解明された。研究チームによれば、このような共通した病態を利用することで、複数の神経変性疾患にすべて作用し得る薬剤・治療法の開発が期待できるという。

例えば、今回の研究ではショウジョウバエモデルに対するVCP補充の治療効果が示されたが、モデルマウスでの効果確認を経て、ヒト変性疾患の治療に応用できる可能性がある。すでに岡澤教授らは、ウィルスベクターを用いて神経細胞に遺伝子を導入する方法を確立しており、今後、VCPを分子標的とするウィルスベクターなどを用いて変性疾患の根本的治療につながる研究を行う予定としている。

また、岡澤教授らは、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム課題E「心身の健康を維持する脳の分子基盤と環境因子」において、網羅的な病態シグナルの解析も行っている。今回の研究成果とその解析結果とを参照することで、環境因子がどのように前頭側頭葉変性症やポリグルタミン病などの認知症に影響を与えるかについても、今後の成果が期待できるという。