名古屋大学(名大)は4月26日、九州大学大学院 理学研究院、産業技術総合研究所 生命情報工学研究センターとの共同研究により、真核生物の細胞小器官「ミトコンドリア」の内膜のタンパク質「Tam41」が、ミトコンドリアの機能に必須のリン脂質である「カルジオリピン」合成のカギを握る前駆体リン脂質(酵素)「CDP-ジアシルグリセロール(CDP-DAG)合成酵素」であることを発見したと発表した。

成果は、名大大学院 理学研究科 生物化学研究室の田村康准教授、同・大学院生の原田佳宗氏、同・遠藤斗志也教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月25日付けで学術誌「Cell Metabolism」に掲載された。

ヒトや酵母などの真核生物の細胞内には、膜で仕切られた細胞小器官があり、生命活動に必須のエネルギー産生を担うミトコンドリアもその1つである。これらの小器官が正しく働くためには、各器官に独自のタンパク質が運ばれ、独自のリン脂質蘇生が確保されることが重要だ。

リン脂質は小器官の膜構造を作るために必要で、その膜で働く膜タンパク質の機能を調節する。例えばミトコンドリアなら、特徴的なリン脂質であるカルジオリピンがミトコンドリア膜に分配されることが、その膜状で各種タンパク質が働くために必須だ。

リン脂質の生合成に関わる酵素は、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などさまざまな小器官に分布されている。カルジオリピンはミトコンドリアだけに存在するリン脂質なので、それに関わる酵素もミトコンドリアの内膜に存在している形だ。

しかし、カルジオリピン合成の材料となる前駆体リン脂質のCDP-DAGは、小胞体で合成された「ホスファチジン酸」がわざわざミトコンドリアの内膜まで輸送されてから、内膜でCDP-DAG合成酵素によってCTPと反応して合成される。

これまで、CDP-DAGを合成するCDP-DAG合成酵素として、出芽酵母では「Cds1」という酵素が知られており、この酵素が「小胞体」とミトコンドリアという異なる小器官で機能すると考えられてきた。しかし、研究チームは同一のタンパク質が小胞体膜とミトコンドリア内膜の両方に存在する例はほとんど知られていないことから、この考え方はおかしいと考えたのである。

そこで研究チームは、高純度に精製した酵母ミトコンドリアと小胞体を用いて、CDP-DAG合成活性とCds1の局在を調べることにした。すると、ミトコンドリアにも小胞体にもCDP-DAG合成活性は見出されるものの、Cds1は小胞体にだけ存在することが判明した。つまり、ミトコンドリアでカルジオリピン合成の材料を作り出すCDP-DAG合成酵素はCds1ではないということである。

研究チームの予想では、ミトコンドリアのCDP-DAG合成酵素が働かなくなると、前駆体のホスファチジン酸が蓄積し、カルジオリピンが合成されないためミトコンドリア機能が低下し、細胞増殖にも阻害が生じるという。生物化学研究室の以前の研究により、欠失した時にそうした現象を引き起こすミトコンドリア内膜のタンパク質としてTam41が発見されていたことから、CDP-DAG合成酵素として同タンパク質が浮上した。

Tam41が欠失すると具体的にどのような状態になるのかというと、まずカルジオリピン量が激減し、その結果としてホスファチジン酸が増え、そして内膜のタンパク質輸送装置「TIM23複合体」が不安定化し、ミトコンドリアのエネルギー産生機能や酵母細胞の増殖に阻害が起こってしまうのである。

そこで大量培養した酵母細胞からTam41が精製され、CDP-DAG合成活性を直接測定が行われた。すると、Tam41にその酵素活性があること、Tam41が機能しない変異体を精製すると、CDP-DGA合成活性も失われていることがわかったのである。こうして、ミトコンドリアでカルジオリピン合成経路の最後のミッシングリンクとして長年不明だったミトコンドリア番のCDP-DAG合成酵素の正体が、Tam41であることがわかったというわけだ。

研究チームは、ミトコンドリアの機能はエネルギー産生だけでなく、老化や健康とも深く関わっており、またカルジオリピン合成経路の酵素が欠失すると、人の病気につながる例も知られていることから、Tam41は今後、ヒトの健康を考える上でも重要な酵素であるといえるとしている。

また、小胞体とミトコンドリアという起源が異なる小器官に、同一の機能を持つ異なる酵素Cds1とTam41が存在するという事実は、リン脂質の生合成経路や輸送経路がどのように確立されたのかという進化的な観点からも、「興味深い発見」とも述べた。

アミノ酸配列を解析すると、Cds1は真核生物にも細菌などの原核生物にも広く保存されているが、Tam41は真核生物にはよく保存されているものの、原核生物ではミトコンドリアの祖先に当たる「αプロテオバクテリア」の仲間にだけしか発見されていない。

かつてCds1を持つ真核生物の祖先の細胞がTam41を持つαプロテオバクテリアを飲み込み、αプロテオバクテリアがミトコンドリアに変化して真核生物が生まれたと考えると、長い進化の過程で真核生物はCDP-DAGを小胞体とミトコンドリアの間で輸送する道を選ばず、小胞体とミトコンドリアという異なる場所で専用のCDP-DAG合成酵素を用いて別々にCDP-DAGを合成する道を選んだことになるというわけだ。

研究チームはこのことに対し、細胞内の異なる場所で、わざわざ別の酵素を用いてCDP-DAGを合成することが細胞にとってどんな利点があったのか、進化的な観点からも「興味深い発見」としている。

今回の発見を加えた小胞体とミトコンドリアのそれぞれの膜での反応の流れ