理化学研究所(理研)、東京大学、立教大学、基礎生物学研究所(NIBB)の4者は4月19日、シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的な解析から、植物の葉では表皮と内部の組織にある細胞がタンパク質「ANGUSTIFOLIA3(AN3)」を介して協調的に増殖していることを発見したと共同で発表した。

成果は、理研 植物科学研究センター 代謝システム解析チーム(現・環境資源科学研究センター代謝システム研究チーム)の平井優美チームリーダー、同・川出健介基礎科学特別研究員、東大大学院 理学系研究科の塚谷裕一教授、立教大理学部の堀口吾朗准教授、NIBB 植物発生遺伝学研究部門の宇佐見健研究員ら共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間4月19日付けで米国科学雑誌「Current Biology」オンライン版に掲載され、また印刷版5月6日号にも掲載の予定だ。

多細胞生物の器官は、さまざまな種類の細胞で構成されている。器官ができる過程では、しばしば種類の異なる細胞が情報のやりとりをしながら協調的に増殖する巧みな仕組みを持つ。

例えば植物の葉は薄いものだが、それでも表皮組織、表皮直下の組織およびさらに内部の組織と、層構造をなしている。葉ができる過程では、基本的に各組織に含まれている細胞は混じり合わずに増殖していく。その一方で、これまでの研究から、組織間で情報のやりとりを行うことにより、互いに協調的に細胞を増殖させているとも考えられている。しかし、その情報伝達を行うものが何なのかはわかっていなかった。

そこで情報伝達の実体を同定し、組織間の情報伝達の仕組みや、葉のできる過程における情報伝達の役割を明らかにするべく、研究チームはモデル植物のシロイヌナズナを使った分子遺伝学的な解析に挑むことにした。

これまで研究チームは、葉の内部組織に含まれる細胞の活発な増殖には、内部組織だけで発現するAN3遺伝子の働きが重要であることを明らかにしている。なお、AN3遺伝子によってコードされる(作り出される)AN3タンパク質は、ヒトの滑膜肉腫形成に関連するタンパク質と類似性があり、特定の遺伝子の転写を活性化させる機能を持つ。植物では葉の細胞増殖を促進する機能が知られている。

今回の研究では、まずそのAN3遺伝子の機能に欠損のあるシロイヌナズナ変異株の葉を詳細に解析することからはじめたところ、内部組織の細胞増殖だけでなく表皮組織の細胞増殖にまで異常が見られることがわかった。AN3遺伝子は表皮組織では発現していないことから(画像1)、今回の結果はこれまでの知見だけでは説明できないことが判明したのである。

画像1は、AN3遺伝子が発現する部位を青色に染める実験において撮影されたもの。葉の横断面の内、内部にある細胞は青色に染まっているが、一番外側にある表皮細胞は青く染まっていない。そのことから、AN3遺伝子は葉の内部組織だけで発現することがわかる。

画像1。AN3遺伝子は葉の内部組織だけで発現する。スケールバーは50μm

そこで研究チームは、内部組織で作られたAN3タンパク質が表皮にまで移動し、移動先でも細胞の増殖を活性化させているという仮説を立て、その検証のために、AN3タンパク質に蛍光タンパク質GFPを融合させて標識し、AN3タンパク質の組織間の移動を検討。その結果、AN3タンパク質は内部組織で作られた後、表皮組織へと移動していることが判明したのである。

次に、組織間を移動できるタイプのAN3タンパク質に加えて、移動できないタイプのAN3タンパク質を遺伝子操作により作製し(画像2)、その各々を葉の内部組織だけで作るシロイヌナズナを用いて、AN3タンパク質の組織間の移動が葉の形成にどのような役割を担うのかが検討された。

画像2は、移動できるAN3タンパク質と移動できないAN3タンパク質を、表皮組織と内部組織でそれぞれ比較した画像。細胞の輪郭をマゼンタ色で、AN3にGFPを融合させたタンパク質を緑色でもって示されている。AN3タンパク質を内部組織で作らせた場合、移動できないタイプのAN3タンパク質は内部組織だけでしか観察できない。一方で、移動できるタイプのAN3タンパク質は表皮と内部の両方の組織で観察できることがわかる。

画像2。移動できるAN3タンパク質と移動できないAN3タンパク質を、表皮組織と内部組織でそれぞれ比較。スケールバーは10μm

その結果、移動できないタイプのAN3タンパク質を作るシロイヌナズナは、AN3タンパク質による組織間の情報伝達が断たれたため、表皮の細胞を十分に増やすことができず、結果として正常な葉の6割程度の大きさにしか成長できないことがわかったのである(画像3)。

画像3は、AN3タンパク質を介した情報伝達は葉の成長を促進していることを示した葉の比較。AN3タンパク質が組織間を移動できるタイプ(左)に比べて、移動できないタイプ(右)の葉は、6割ほどの小さい葉にしか成長しない。このことから、AN3タンパク質による組織間の情報伝達が葉の成長に重要だと判明した。

画像3。AN3タンパク質を介した情報伝達は葉の成長を促進している。スケールバーは5mm

研究チームによれば、内部組織の細胞が情報伝達の源泉となり、隣り合う組織の細胞の増殖も制御しているという発見は、葉のでき方を理解する上で新しい視点を提供するという。今後、葉におけるAN3タンパク質の振る舞いに着目することで、植物の体作りを理解する研究がさらに進展すると期待できるともコメント。また、AN3を介した組織間の情報伝達が葉の大きさの決定に重要な役割を担っていることから、農作物の増産などへの応用も期待できるとも述べている。