奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、イネを使って植物の免疫システムがONになる瞬間を可視化し、イネの細胞膜上で病原菌が感染してから3分以内に免疫スイッチがONになるメカニズムを発見したと発表した。
成果は、NAIST バイオサイエンス研究科 植物分子遺伝学研究室の島本功教授、同・赤松明研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月17日付けで「Cell Host & Microbe」電子版に掲載された。
世界の人口の爆発的な増加を受け、現在、開発途上国を中心にした飢餓や貧困問題が山積みとなっており、食料の生産性を上げる抜本的な対策が早急に求められている。作物の生産性アップを実現するための最重要課題の1つが、病害による損害の軽減だ。日本国内においても病害による損害は甚大であり、例えば、イネのいもち病や紋枯病、ジャガイモの疫病、ハクサイの根こぶ病など、早期に解決すべき病害がいくつもある。
さらに、世界規模で化石燃料などのエネルギー資源の枯渇が予測されていることから、エネルギー資源としての植物の開発も期待されているが、植物の免疫機構を含め解決すべき問題が多く、実現には至っていないのが現状だ。
植物は「自然免疫系」と呼ばれる先天的に備わっている免疫応答を利用して病原菌に対応している。病原菌の感染を認識するために細胞の表面に免疫受容体を持っており、病原菌の細胞壁成分である「キチン」などのオリゴ糖(少糖類)や「フラジェリン」などのペプチド(タンパク質の断片)を目印として感知し、さまざまな防御反応を展開するのだ。この免疫システムによって、植物は自然界に存在する何10万種にも及ぶ病原菌から身を守っているのである。
今回はイネをサンプルとして研究が進められた。イネの場合、病原菌が感染すると、細胞表面にある受容体がそれらを認識し、免疫スイッチとして機能するタンパク質「OsRac1」を介してさまざまな抵抗性反応を誘導する仕組みだ。
細胞表面の受容体は、「レセプターキナーゼ(受容体リン酸化酵素)型」をしており、病原菌の持つさまざまな細胞成分を認識することが明らかとなってきた。しかし、これら受容体が病原菌の侵入を感知した後で、OsRac1のスイッチをONにする仕組みについてはまったくわかっていなかったのである。
研究チームは、まず「Raichu-OsRac1(ライチュー・OsRac1)」という蛍光タンパク質の光る性質を利用して反応を追跡できる生体内センサを用いた解析から、OsRac1がイネの細胞膜上で活性化されることを視覚的にとらえることに成功した。この解析によって、免疫スイッチは病原菌侵入後わずか3分以内に細胞膜上でONになることが明らかとなったのである。
次に、OsRac1に結合する「OsRacGEF1」と呼ばれる病原菌の目印になるタンパク質を同定し、このOsRacGEF1の発現を抑制したイネに、いもち病菌を感染させたところ、そのイネはいもち病に対して抵抗性が弱くなることが判明した。このことからOsRacGEF1は、植物免疫において重要な因子であることがわかったというわけだ。
さらにOsRacGEF1は、病原菌が持つ「キチン糖」を認識するイネのキナーゼ型免疫受容体「OsCERK1」にも結合することが見出されたのである。これらのことなどから、受容体からの指令は、OsRacGEF1を介してOsRac1まで伝えられていることが明らかとなった。つまり、イネの細胞膜上では普段から「OsCERK1-OsRacGEF1-OsRac1タンパク質」が待機しており、病原菌を感知後、即座にOsRac1タンパク質のスイッチをONにすることができると推測されたのである。
以上のことをまとめると、病原菌がイネの葉に付着すると、まず細胞膜上にある免疫受容体が病原菌が持つキチンなどを感知。次に、免疫受容体の細胞内部位がOsRacGEF1にリン酸化反応という形で指令を送る。指令を受けたOsRacGEF1は、イネの免疫反応において重要なタンパク質であるOsRac1を活性化することで、さまざまな免疫反応を引き起こすという流れだ。画像1は、その仕組みを表した模式図と、いもち病菌をイネに感染させた葉の様子。前述したようにOsRacGEF1が抑制されたイネでは、病気が拡大してしまう。
そして画像2は、Raichu-OsRac1生体内センサを持ったイネの細胞に、キチンを処理したもの。Raichu-OsRac1生体内センサは、OsRac1が活性化しているかどうかを可視化することが可能だ。キチン糖を処理すると、時間を追うごとにOsRac1が赤色になり、活性化することが示された。数字は、処理後の時間(分)を表す。
今回の発見により、植物が病原菌の侵入を感知してから、抗菌性物質の産生などの病原菌に対する直接的な攻撃までの一連の免疫指令経路が明らかとなった。これらの指令を担う遺伝子を手掛かりにすれば、イネの最重要病害であるいもち病や白葉枯病に対する耐病性育種に応用が可能だという。
それだけでなく、世界中のさまざまな作物の生産に莫大な損害をもたらす病害の克服が可能になり、「病気に強い植物」の開発に貢献できると、研究チームは述べる。さらに、耐病性技術の向上により、作物生産を安定化させ、爆発的な人口増加に伴う食糧問題の解決に貢献できると同時に、バイオ燃料の安定供給に向けたバイオマス植物の開発の基盤技術としての応用も期待されるとした。