国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は2月14日、睡眠不足時に不安や抑うつが生じやすくなる神経基盤を明らかにしたと発表した。
同成果は、同センターの三島和夫 部長、元村祐貴 研究員らによるもの。詳細は3月14日付で科学雑誌「PLOS ONE」オンライン速報版に掲載される。
現代人の多くが、夜型ライフスタイルの増加や長時間労働の常態化などから、慢性的な睡眠不足に陥っており、約10%のヒトが慢性的な眠気を自覚しているという。
これまでの研究から、睡眠不足が精神運動機能の低下を引き起こし、事故やヒューマンエラーの原因となるということが多数報告されているが、さらに近年の研究から、睡眠が不十分だと不安障害や気分障害(うつ病)のリスクが高まる可能性があることが指摘されるようになってきた。
これまでの研究では、主に不眠症とうつ病の関係や、一晩の全断眠(徹夜)後の気分に関する研究が多く行われてきたが、日々蓄積した睡眠不足によって心身の不調が生じることの解明を目指した研究は少なく、その神経基盤は不明のままであった。
そこで今回、研究グループでは、実生活で体験し得るレベルの睡眠不足(5日間の短時間睡眠)の状態をシミュレーションし、睡眠不足が睡眠構造、不安や抑うつの強さ、さまざまな感情を呈する表情写真を見た際の脳活動(機能的MRIで測定)に及ぼす影響とそのメカニズムの検討を行ったという。
具体的には、健康な成人男性14名(平均年齢24.1±3.3歳)を対象に、「充足睡眠セッション」および「睡眠不足セッション」(各5日間)に参加してもらい、充足睡眠セッションでは床上時間を8時間(午後11時~午前2時に就寝、午前7時~午前10時に起床)に設定し、睡眠不足セッションでは床上時間を4時間(午前3時~午前6時に就寝、午前7時~午前10時に起床)に制限して、セッションの順番は被験者ごとにランダムに割り付け、相互に2週間のインターバルを設けて実験を実施。充足睡眠セッションでの睡眠時間は平均8時間5分±21分、睡眠不足セッションでの睡眠時間は平均4時間36分±32分(離床できず寝過ごした被験者がいたため、平均で4時間を超えた時間になったという)という、1日あたり被験者は3時間29分±32分、計5日間の睡眠不足に陥った状況を作り出し、各セッションの第4夜および第5夜に睡眠ポリグラフ試験を実施し、睡眠の特徴を調べたという。
その結果、睡眠不足セッションにおける総睡眠時間、浅い睡眠時間(Stage1、Stage2)、レム睡眠時間は、充足睡眠時に比較して有意に短縮していたが、深い睡眠(Stage3、4)は保たれていること、また徐波パワー(深い睡眠をもたらす周波数の遅い脳波)も増大していることが確認されたとするほか、各セッションの第5日目に、感情を伴う表情画像を見た時の脳活動の変化を機能的MRIで測定したところ、充足睡眠時に比較して睡眠不足時には恐怖表情を見た際に、脳において情動と記憶の制御を司る神経核である「扁桃体」の左側の活動量が有意に増大していることが確認されたという。また、右の扁桃体でも活動が増大する傾向があったが、左右差の意義については現時点では不明だと研究グループは説明するほか、寝不足時でも幸福表情に対する扁桃体の反応増強は見られなかったことから、睡眠不足時ではネガティブな情動刺激に対してだけ反応しやすくなることが示されたとする。
さらに、fMRI検査を受ける直前に行った心理検査によって、睡眠不足の度合いが強いほど(深い睡眠が多い、徐波パワーが大きいほど)機能的結合が減弱し、機能的結合が減弱するほど左扁桃体の活動が亢進し、左扁桃体の活動が亢進するほど不安と混乱が高じ、抑うつが強まる傾向が確認されたという。これまでの研究から、社会不安障害やうつ病、統合失調症などの患者では扁桃体と腹側前帯状皮質や内側前頭前野との機能的結合が減弱していることが報告されていたが、今回の成果では、5日間の睡眠不足で健常成人であっても扁桃体と腹側前帯状皮質の機能的接続性が減弱し、結果的にネガティブな情動刺激に対して扁桃体が過剰反応することが示されたことを意味すると研究グループは説明する。
なお研究グループではこうした成果を受けて、現代人にみられる抑うつ傾向やキレやすさの一部は睡眠不足が関与している可能性があるとするほか、より長期間にわたり睡眠不足を続けることでうつ病や不安障害の発症につながる危険性があるとしており、これまで睡眠を犠牲にして勤勉であることが美徳であるとされてきた日本人のライフスタイルが真に効率的で持続可能なのか考え直すべき時期にきているとコメントしている。