奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、英ケンブリッジ大学、群馬大学との共同研究により、動物の胃や腸の表面を覆うヌルヌルとした粘液である、糖が大量に結合したタンパク質「ムチン」を効率よく生産するために、「IRE1β」と名付けられた、細胞のストレスを感知するセンサ分子が重要な役割を果たしていることを解明したと発表した。

成果は、NAIST バイオサイエンス研究科 動物細胞工学研究室の都留秋雄 助教、同・河野憲二教授、英ケンブリッジ大のDavid Ron博士、群馬大の岩脇隆夫博士らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版に掲載された。

ヒトなどの消化管内には摂取した食物や腸内細菌が存在しているため、消化管の表面は粘液で保護されている。中でも主成分のムチンは多くの糖が結合したタンパク質(糖タンパク質)であり、これが不足すると、種々の腸疾患の発症につながることが知られている。

大腸でのムチンは粘膜に存在する「杯細胞」によって作られ、分泌されている。その手順は、はじめに細胞内の核にあるDNAからムチンの設計図がメッセンジャーRNA(mRNA)にコピーされる。杯細胞はムチン生産に特化した細胞であるため、大量のムチンのmRNAがそこで作られ、そのmRNAをもとに大量のムチンが作られ、小胞体で形が整えられた後、ゴルジ体に移されて糖が結合して完成型となるというものだ。

画像1。マウス大腸の断面

一方、IRE1βというタンパク質を作れないように操作した遺伝子改変マウスでは、潰瘍性大腸炎を誘導する薬剤に対する耐性が低く、病気が発症しやすいことが報告されていたものの、なぜIRE1βがないと潰瘍性大腸炎になりやすくなるのか、そもそもIRE1βがどの細胞にあるのかなどについては不明となっていた。

そこで研究グループは今回、IRE1βがどこにあるか電子顕微鏡を用いて調査を実施。その結果、IRE1βは腸全体に分布しているわけではなく、この杯細胞の小胞体にあることを確認した。

IRE1βは小胞体の状況をモニターするストレスセンサで、必要になるとmRNAを分解する機能も有している。今回、電子顕微鏡による観察や、分子生物学や生化学といった種々の手法による解析を行った結果、人為的にIREβをなくした杯細胞では、ムチン・mRNAが分解されず、不良品のムチン前駆体が小胞体に大量に溜まり小胞体が超肥大化し、小胞体ストレス状態にあることが判明した。 この結果から研究グループは、杯細胞は基本的にムチン・mRNAを作りすぎる傾向があり、そのすべてから合成されたムチンが小胞体に入ると、折り畳み処理の工程が破綻し、不良品が蓄積してしまうが、IRE1βがあることで、小胞体内に不良品タンパク質が溜まりかけた時に働き、mRNAの量を適切に減らすことで、小胞体の処理能力を超えるタンパク質が流入し続けることはなく、結果的に生産ラインをスムーズに流すことで収量が増加させる仕組みが考えられるとする。また、このIRE1βによる調節は、mRNAの量を0にするのではなく、少し量を減らし、タンパク質の合成量が小胞体の処理能力に見合う量になるように調整する点がポイントになるとする。

潰瘍性大腸炎は厚生労働省の難病指定を受けている疾患であり、その発症原因も十分解明されているとはいえないが、研究グループでは今回の成果から判明した、IRE1βが腸の保護に働く粘液の効率的生産に重要な働きをしていることが、この疾患の原因解明に一石を投じるものだとコメント。なお、遺伝的にIRE1βを持たないマウスも成体にまで成長することがわかっており、ヒトの場合も同様である可能性は高く、遺伝子診断をすると潰瘍性大腸炎を発症した人の中にはIRE1β遺伝子に欠陥を持つ人が含まれていることから、それが発症の原因の1つとなる可能性があるという。

杯細胞の電子顕微鏡写真。画像2(左)はIRE1βありで、画像3(右)はIREIβなし