九州大学(九大)は1月22日、海洋生物のイガイが岩礁に接着する際に「カテコール」という化合物を利用していることに着想を得て、水環境下で使うことができ、しかも、光の照射で接着を制御することができる新しい接着剤を開発したと発表した。

成果は、九大 先導物質化学研究所の高原淳教授、同・西田仁博士、同・小林元康博士(JST-ERATO「高原ソフト界面プロジェクト」・研究員)らの研究グループによるもの。研究はJST戦略的創造研究推進事業(ERATO)の一環として行われ、研究の詳細な内容は1月11日付けでアメリカ化学会発行の科学雑誌「ACS Macro Letters」オンライン版に掲載された。

一般に市販されている接着剤の多くは、水で表面が濡れているとうまく接着することができない。しかし、二枚貝の1種であるイガイは、水中でも岩礁などに強く接着することが知られている。

これは、イガイの足糸先端から分泌される接着タンパク質には、カテコール基という官能基が含まれていることによるもので、近年、この物質が水中での接着に大きく貢献していることがわかってきた。この官能基がさまざまな物質と相互作用することが原因であることが最近になってわかってきた。

このカテコール基を利用すれば、水中で使用でき、環境への負荷も少ない接着剤を作ることができると期待されており、世界中でさまざまなカテコール系接着ポリマーが試作されている。しかし、カテコール基は空気に触れるとただちに酸化され、ゲルのように固まる性質があるため、長期保存が難しいという問題があった。

研究グループは、「O-ニトロベンジル」という化合物を使ってカテコール基を空気酸化されないような物質に変換しておき、これを含む水溶性のポリマーを開発。

強い光を当てるとO-ニトロベンジルはポリマーから切り離されてカテコール基が再生するため、このポリマーは接着剤として働きはじめる。また、接着のタイミングは光の照射によって自由に制御可能だ。

O-ニトロベンジルのように、ある目的の機能を持つ化合物に結合することで、不活性化な状態(=接着しない状態)にし、光などの外部刺激で瞬時に離れることで目的の機能を発生させる化合物を、「ケージド(Caged)化合物」という。研究グループで合成したCagedカテコール基を有する「アクリルアミドポリマー」は、空気中でも酸化されず安定に保存できることが確認されたのである。

このポリマーを水に溶かし、その水溶液を2枚のガラス板の間に塗布し挟みこんでから可視光(4.5W程度)を当てると、数分で固まり接着した(画像)。これは、O-ニトロベンジル基が切り離されてカテコール基が生成し、それと同時に基板に接着し、さらにカテコール基が空気によって酸化されことで水溶液がゲル化して固まったことを示している。

接着したガラス基板の両端を引っ張りながら接着強度を測定して見ると、引張りせん断接着強度は61kPaであることが確認された。これは1cm2の接着面積で500ml入りペットボトル飲料を吊り下げることのできる強度で、過去のカテコール系ポリマーと比べてもこの高い値だという。しかも、空気中でも安定に保存することができ、接着のタイミングを光により制御できるようにしたのは世界で初めての成果だという。

画像1。光をトリガーとして接着するポリマーの分子構造の概略図と、接着したガラス板を引っ張り試験機に取り付けて接着強度を測定している様子

なお研究グループは、同ポリマーは、ガラスや金属を接着できるだけでなく、濡れた表面でも接着できるため、手術時に使われるような医療用接着剤などへの応用も期待されているとコメントしている。