物質・材料研究機構(NIMS)と科学技術振興機構(JST)は1月22日、太陽光を利用して水から水素を生成できる光触媒の理論設計に成功したと共同で発表した。

成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の梅澤直人主任研究員、同・葉金花ユニット長、同・レルンチャン パクプン博士研究員、同・オウヤン シュシン博士研究員らの研究グループによるもの。研究はJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行われ、詳細な内容は英国の科学雑誌「Journal of Materials Chemistry A」に近日中に掲載される予定だ。

酸化チタンに代表される光触媒は、防汚・抗菌などの環境浄化を目的とした商品に広く応用されているが、次世代エネルギー源として期待されている水素を光水分解によって大量に製造できる程の強い触媒活性はまだ実現できていない。

その原因として、光触媒の開発は研究者の直感に基づいて進められており、明確な設計指針が存在しないことが挙げられる。計算機を用いた模擬実験を実施することで有望な材料を選定し、理論主導で開発を進める試みが世界中でなされているが成功例は少なく、開発を促進する信頼性の高い設計指針の構築が待たれているところだ。

「チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)」は光照射下での高い安定性や光還元力の強さから、太陽光のみを利用した水素製造を可能にする光触媒として期待されている。しかし、その光吸収端は紫外光領域に位置しており、太陽光の大部分を占める可視光を有効に利用できていない。そこで「クロム(Cr)」などの「遷移金属」をSrTiO3中に「ドープする」ことで吸収端を可視光領域に調整する研究が行われてきた。

ちなみにドープとは、母体(今回ならSrTiO3)となる材料の格子位置の元素を外から与えたほかの元素(今回ならCrなど)で置換する操作のことをいう。2種類の元素を置換する場合を特に「共ドープ」と呼ぶ。

ところが、多くの遷移金属は環境に応じて価数が変化するため、試料の作成方法によっては光水分解反応を妨げる。そこで近年、ほかの元素を遷移金属と共にドープすることで価数を安定化させる研究が盛んに行われている状況だ。共ドープ種として有望な元素をあらかじめ予測できれば、材料探索の負担が軽減され、光触媒の開発が促進されるものと期待されるのである。

SrTiO3にCrをドープした材料の水素発生効率は、Crが低価数の時に高くなることが確認済みだ。これは、光水分解反応を阻害する電子捕獲が抑制されることが原因である(画像1・2)。

フェルミ準位の位置がCrの価数と光触媒活性に与える影響。画像1(左):フェルミ準位が低い時には、高価数Crに起因する「非占有軌道」が光励起電子を捕獲するため活性が低下する。画像2:フェルミ準位を高くして非占有準位を取り除く(低価数Crを安定化する)ことで、水分解反応が促進される

そこで今回の研究では、Crと共にほかの元素をドープすることで「フェルミ準位」(電子が占有しているエネルギー準位の中で最高位のエネルギー)を引き上げ、低価数Crを安定化する方法が試みられた次第だ。

具体的には、分子や固体などの電子系の全エネルギーを電子密度から計算できることを保証する厳密な理論である「密度汎関数理論」に基づく「電子状態計算」を用いて、さまざまな元素をSrTiO3中にドープした時のフェルミ準位の位置を調べることで、Crと共ドープした場合に最も活性の高くなる組み合わせが検討されたのである。

その結果、SrTiO3中に伝導電子を生成する能力の高い「ランタン(La)」をドープした場合に、フェルミ準位の上昇が見込まれ、低価数Crの濃度が高くなることが予測された(画像3)。研究グループの実験から、LaとCrを共ドープしたSrTiO3は、ほかの元素を共ドープした場合よりも可視光照射下での水素発生効率が高いことが確認され、理論予測の正当性が実証された(画像4)。

水素発生効率の理論予測と検証実験。画像3(左):各種元素をドープした場合のフェルミ準位の位置とCr濃度の関係。光触媒活性を促進する低価数Crの濃度は、SrをLaで置換した場合に最も高くなることが理論的に予測された。画像4:Crと各種元素をSrTiO3中に共ドープした試料を水中に入れて可視光を照射した場合の水素発生実験。LaとCrを共ドープした場合に最も活性が高いことが確認され、理論の正当性が実証された

水素は温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギー源として期待されており、太陽光のみを用いて大量に水素を製造できる光触媒の開発が待たれている。今回の研究から、最先端の計算科学を駆使することで、材料開発を効率的に進められることが実証された。

理論主導の材料開発がより一般的なものとなり、新規材料の開発が促進されることで環境・エネルギー問題の解決に大きく貢献できるものと期待されるという。

なお、今回の研究グループでは計算科学を用いた材料設計を本格的に取り入れており、酸化チタンの光触媒活性を最大限に引き出すための表面方位を見出すことにも成功していると研究グループはコメントしている。