京都大学(京大)は1月22日、金沢大学の協力を得て、「抗体遺伝子改編酵素(AID)」によるRNA編集活性の証明に成功したと発表した。

成果は、京大 医学研究科の本庶佑客員教授、金沢大の村松正道学教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国時間1月21日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版に掲載された。

AID(Activation-induced cytidine deaminase)は、抗体遺伝子を多様化することによって、ヒトの体を病原体から守る抗体の機能を増強する遺伝子機能だ。この遺伝子多様化プロセスは、抗体遺伝子座に「クラススイッチ組換え」と「体細胞高頻度突然変異(somatic hypermutation)」と呼ばれる、2つの遺伝子改編システムによって行われている。

クラススイッチ組換えは、もともとIgMの遺伝情報を持っていた抗体遺伝子座をIgGやIgAを産生できる遺伝子座に改編するというもの。一方、体細胞高頻度突然変異は、抗体の抗原結合部位の遺伝子領域に点突然変異を導入し、抗体の抗原認識能力を上げることができる。

AIDはクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異を抗体遺伝子座に起こすことで、免疫力を増強し免疫記憶を生み出しているとされるが、AIDがどのようにクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異を抗体遺伝子座に起こすかは、免疫学領域や発ガン研究領域の議論の的となっているところだ。

AIDは、DNAやRNA上のC(シトシン)をU(ウラシル)に変換する酵素活性が想定されていることから、現在、2つのモデルで説明されている。DNA deamination説では、AIDが抗体遺伝子に直接C-to-Uを作り、この本来DNA上にないはずのUが呼び水になってクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異が起こるというものだ。

そしてRNA編集説は、AIDが未だ同定されていないRNAに作用しクラススイッチ組換えと体細胞高頻度突然変異を起こすとしている。

これまで本庶客員教授、村松教授らの研究グループはRNA編集説をもとに、クラススイッチ組換えの研究を展開してきた。AIDがRNA上にC-to-U変換を起こせるかどうかは、これまで誰も検証してこなかったテーマである。今回、B型肝炎ウイルスの実験系を使ってこれが検証された。

B型肝炎ウイルス(HBV)は、ヒトの肝細胞に感染してB型肝炎を起こす病原ウイルスだ。ウイルス粒子は、キャップシド(C)タンパクが表面タンパク(S)に包まれた構造を持ち、キャップシド内にDNAゲノム(nucleocapsidと呼ばれる)を持つ。

DNAゲノム上には、4つの遺伝子(C、P、S、X)しか持たない比較的単純な構造を持つスモールDNAウイルスだ。肝細胞に感染後、HBVのDNAゲノムは核に運ばれ、ウイルス複製に必要なmRNAとRNAゲノム(pgRNA)を作る仕組みである。

Cタンパク、pgRNA、Pタンパクは、自己集合してnucleocapsid構造を形成する特性を持つ。逆転写酵素とDNA合成酵素の両方を兼ねたウイルスタンパクPが、nucleocapsid内でpgRNAよりウイルスDNAを合成し、nucleocapsidはさらにSに包まれて肝細胞から放出される。

今回の研究では、HBVウイルスの複製を行っている肝細胞株にAIDを発現させた。その結果、AIDはPとpgRNAの複合体に結合しnucleocapsid内に取り込まれることが判明したのである。AIDのpgRNA活性をDNAシークエンスによって検討した結果である。

また同じファミリーに属するRNA編集酵素「APOBEC-1」とDNA deamination酵素「APOBEC3G」も比較検討された。その結果、APOBEC3GはRNA編集を行わなかったが、AIDとAPOBEC1のRNA編集活性は確認されたのである。これらの結果は、AIDがHBVのRNAにC-to-U変換(RNA編集)を起こせることを示している。今回の研究は、AIDのRNA編集説の重要な基礎的知見を提供した形だ。

クラススイッチ組換えやsomatic hypermutationは、HBVに感染していなくとも起こる現象であるので、もちろんAIDのHBV pgRNA編集は、クラススイッチ組換えや体細胞高頻度突然変異を媒介しない。今後は、Bリンパ球内でAIDの本来のRNA標的の単離が望まれるという。

また、平行して行われている実験の結果によれば、AIDの発現はHBVのウイルス複製を、抗ウイルス因子として知られるAPOBEC3Gと同程度に抑制することが確認されている(未発表)。AID自身の抗HBV活性の可能性を示唆した結果だ。

今後、AIDのHBV感染病態への関わり、そのことがHBVの病態(肝炎、発ガン、薬剤耐性ウイルス株)にあらたな展開を生む可能性があると研究グループはコメントしている。

AIDはHBVのキャップシドに取り込まれてRNAとDNAのC to U変換を行う